文筆家・ひらりさが執筆した、自身の実体験をもとに女を取り巻くラベルを見つめ直すエッセイ『それでも女をやっていく』(ワニブックス)が2023年2月に発売された。
本書の発売を記念して、同書に掲載されているエッセイ「代わりの女」を特別に公開する。
代わりの女
これは告発ではない。この文章に実名は出てこない。でもわたしの歴史を振り返るとき、このことを書く必要があると思った。もう10年近く経つけれど、今この文章を必要とする人がどこかにいるかもしれない、とも。
新卒で編集者になった。憧れていた職業だったけれど、30歳までに死ぬと思うようになった。耐えられて、30歳じゃないかと思ったのだ。だって、あまりにも疲れて、ボロボロで、自分の存在に価値を感じられなかったから。職場で、価値がないと言い続けられていたから。展望がなかったから。
つらかった頃の記憶は曖昧で、現実よりも、当時よく見ていた悪夢の内容のほうを頻繁に思い出す。わたしは夜道を急ぎ走っている。両手を軽く重ねて胸の前に掲げながら走っている。口から歯がぽろぽろとこぼれ落ちていて、それを受け止めるのに必死なのだ。やがて背の高いマンションが現れる。エントランスを抜けたわたしはエレベーターに乗る。左手は相変わらず歯を受け止めながら、右手で4階のフロアボタンを押す。どうやら自分の部屋に帰ろうとしているらしい。しかしエレベーターは4階で止まらずに最上階まで行き、また下に戻ってしまう。わたしは何度もボタンを押し続けるが、同じ現象が繰り返される。その間も歯がぽろ、ぽろ、と抜け続け、ついに手からこぼれ落ちようとした瞬間、目が覚める。
“好き”を仕事にできるまで
自分が編集者になるとは、あまり予想していなかった。興味はあった。本は好きだし、大学では学生新聞団体に所属した。出版社や新聞社の説明会にも、一応足を運んだ。でも採用担当者が「うちは応援団のOBが来るルートができていて」と悪びれもせず言うのを聞いたり、内定者から「就活で語れるエピソードを作るために夏休みは子ども電話相談室でバイトして」などと言われたりすると、くらくらした。何かに耐え抜いてコネクションをつかみとるか、ありったけの知恵を絞ってユニークさをアピールしなければ、くぐることができない狭き門。ただ好きなだけじゃだめなのだ。