悔やまれる事件対応と「真犯人」
関係者は、この事件の対応に失敗し、加害グマの特定も行なわず、また完全なる収束も見ず、騒動に幕を降ろしてしまった。
このままにしてはおかれない。
端から科学が敗北し、誰もが早々と背を向けてしまった事件を掘り起こし、後世に伝えたい。
人を4人も殺した熊は、どれだ。
もはや真犯人を挙げることはできないが、北辺の森に隠れているはずの「殺人熊」を、私は追い続けた。
公的資料が得られない私は現地で熊たちを追跡し、関係者の証言を基に、自分の経験から推理し、この事件を読み解いてみた。
貴重な「熊遭遇体験」を収集
第3犠牲者が入山して死亡したと思われる日の翌日、同じ場所にそうとは知らずに入り、若い熊に襲われたが、闘って生還した男性がいた。
Aさん(58)、青森県おいらせ町に住む会社員だ。この遭遇戦は今にいたるまでマスコミを賑わせている。
私は過去100年間ほどの全国紙と、熊が生息する県の地元紙を繰ってきている。Aさんのような報道を賑わせる熊遭遇体験は、時間を経るにつれて、風化するどころか、「超絶体験」に祭り上げられていくものだ。
例えば、襲って来た熊に巴投げをかけたある登山者の場合、「クマは500m落ちて空中に消えた」と報道され、22年後には週刊誌で「1700mも落ち、下の集落は大騒ぎになった」に変わっていた。
私は事件直後の7月13日夜、十和田市において、Aさんから直接話を聞いた。
直接面談したいという私の依頼に、Aさんは当初難色を示していたが、私が十和田市出身ということもあって、軽トラで指定の場所に駆けつけてくれた。
Aさんの話に誇張は全く感じられなかった。熊の状況を聞けば、話の真偽のほどは鮮明に分かるものだ。
笹藪に入った途端、猛烈な「獣臭」
「自分はタケノコ採り歴は5~6年ほどだ。
タケノコの買取り業者が25日から来るとの情報があり、下見のため5月17、18日に有給休暇を取って、田代平(たしろたい)の、第3犠牲者が行方不明になった地点の笹藪(ささやぶ)に入った。途端に熊臭かった」