文春オンライン

人生100年時代を迎えた今、注目の<ガンマ波サウンド>。40Hz(ヘルツ)の「音」が脳内ガンマ波を呼び覚ます!

いま注目!「耳」から始める認知症予防

人生100年時代を迎えようとしている今、脳の「健康」はますます大切になってくる。そこで注目を集めているのが、聴覚を通して脳の活性化をはかる「ガンマ波サウンド」だ。

脳に刺激を与えて認知症を予防する

 超高齢化が進む日本で、深刻な課題となっているのが、認知症の増加だ。2012年の時点で、65歳以上の認知症推定有病率は15%。7人に1人が認知症という計算になる。それが、2025年には5人に1人になると推計されている。

「認知症の7割はアルツハイマー型認知症です。脳の神経細胞の周囲にアミロイドβというタンパク質が蓄積することで、神経変性が進行し、脳が萎縮していきます」

 そう語るのは、杏林大学名誉教授で、精神神経学の専門家・古賀良彦先生だ。臨床医として長年、認知症予防に取り組んできた。

「WHO(世界保健機関)は2019年に認知機能低下・認知症リスク低減のガイドラインを発表しました。認知症発症には修正可能な危険因子が多くあり、それを改善することで予防は可能であるということです。例えば、中年期の肥満や高血圧、糖尿病などを予防、治療することは、認知症の危険因子を減らすことになるわけです」

認知症予防の講演を行う古賀良彦先生。生活の中に溶け込みやすい五感ケアは脳の活性化に有効だという 撮影:今井知佑
認知症予防の講演を行う古賀良彦先生。生活の中に溶け込みやすい五感ケアは脳の活性化に有効だという 撮影:今井知佑

 ガイドラインで言及されている認知症リスク低減の12項目のなかに、「認知的介入」という項目がある。これは脳に刺激を与えることで予防を図るというアプローチだ。

「五感への刺激を通して、脳の健康を保ち、賦活(活性化)させようというものです。触覚によるトレーニングであれば、折り紙があります。指先で紙を折る作業は脳への刺激になります。嗅覚・味覚であれば、コーヒーがそうですね。香りによって、脳機能の活性化の度合いに違いがあることが、脳波分析によってわかってきました」

 古賀先生によれば、五感ケアのなかでも、最近注目を集めているのが「聴覚」だ、という。

 東北大学大学院医学系研究科では、認知症の根本治癒をめざして、超音波を特殊な条件で照射する低出力パルス波超音波治療の開発が進められている(※1)。また、東京電機大学システムデザイン工学部の研究グループは、人の耳には聴こえない超高周波が、認知症患者の精神症状(不穏症状)を緩和する可能性を示唆している(※2)。

ガンマ波によって認知機能が活性化

 様々な研究が進められるなかで、世界的に大きな反響を呼んだのが、2019年、マサチューセッツ工科大学(MIT)Dr.Tsaiの研究チームによる発表だった(※3)。

 アルツハイマー型認知症の病態を再現したマウスに、40Hz周期のパルス音を聞かせ、脳波を測定する実験をしたところ、刺激によってガンマ波が増加し、アルツハイマー病の指標・アミロイドβタンパク質の低減と認知機能障害の改善が見られたというのだ。

 ガンマ波は、認知機能が活性化したときに増加する。アルツハイマー型認知症の患者では、このガンマ波が減弱していることが明らかになっている。外からの音刺激で、脳内にガンマ波が増加し、それが認知症の改善につながる。この研究成果は画期的なものだった。

脳では1000億個もの神経細胞が複雑なネットワークをつくっており、見たり、聴いたり、臭いを嗅いだりするなど、何らかの刺激を受けると、多数の神経細胞が協調して活動し、その情報を処理する。その過程で現れるのがガンマ波だ。
出典:マクニカHP「脳波とは何か?」を参考に改編
脳では1000億個もの神経細胞が複雑なネットワークをつくっており、見たり、聴いたり、臭いを嗅いだりするなど、何らかの刺激を受けると、多数の神経細胞が協調して活動し、その情報を処理する。その過程で現れるのがガンマ波だ。
出典:マクニカHP「脳波とは何か?」を参考に改編

 日本国内でも、いち早くこのMITの研究発表に着目し、独自の開発に取り組んできたベンチャー企業がある。筑波大学准教授の落合陽一氏が立ち上げたピクシーダストテクノロジーズだ。

「わたしたちはコンピューターによる波動制御技術をコアに、世の中で困っていることを解決する商品や技術開発に取り組んでいます」

 今回のガンマ波テクノロジープロジェクトについて、ピクシーダストテクノロジーズの事業責任者・辻未津高さんに訊いた。

「MITの研究発表に着目し、五感刺激による新しい認知症ケアサービスが開発できるのではないかと考えたわけです。プロジェクトは、新薬の研究開発で実績のある塩野義製薬さんとの共同研究という形でスタートしました」

 最大の課題は、日常生活に自然に溶け込んだかたちのケアサービスを、どうやって実現するかということだった。

「MITの実験では、40Hz周期の断続音が使われています。つまり1秒間に40回のペースで、オン・オフを繰り返すパルス音なんです。それを毎日1時間、半年間続けて聞く。聞く人にとっては、かなりの負担ですよね。長く続けてもらうために、もっと自然な形にしなければいけなかった」

 そう語るのは技術開発を担ったシニアエンジニア長谷芳樹さんだ。長谷さんたち研究開発チームは、2年余り実験を重ね、40Hz周期の単調なパルス音ではなく、40Hz変調(包絡線の操作)を施した音、すなわち元の音源に含まれる情報が聞き取れる変調音でも、脳内にガンマ波が惹起されることを実証した。

ピクシーダストテクノロジーズでプロジェクトを担う長谷芳樹さん(左)と辻未津高さん 撮影:古賀親宗
ピクシーダストテクノロジーズでプロジェクトを担う長谷芳樹さん(左)と辻未津高さん 撮影:古賀親宗

 この変調技術を活用すれば、ニュースや音楽番組で、アナウンサーの声やボーカル部分はそのままに、背景音だけを40Hz変調することも可能になる。普段通りテレビを観ながらでも、脳の活性化ができるのだ。

「音がある場所であれば、どこでもこのガンマ波変調技術は活用できる」と長谷さんは言う。「ガンマ波サウンド」は、認知症予防の可能性を大きく広げる存在になりそうだ。

※1 出典:Tohoku Journal of Experimental Medicine 2022 Volume 258 Issue 3 Pages 167-175
※2 出典:高周波非可聴音を含む音楽が認知症高齢者への受動的音楽療法に及ぼす影響の実地研究より参考
※3 出典:Cell. 2019 Apr 4;177(2):256-271.e22.


提供:ウェルネス総合研究所

「ガンマ波テクノロジー 認知機能ケア啓発プロジェクト」についての詳細はこちら
 URL https://wellnesslab-report.jp/pj/gamma-tech/

イラスト提供:アフロ