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「おじさんを転がせない女性社員」の顛末。“あの日”に戻ってやり直したいこと

2023/06/04

source : 提携メディア

genre : エンタメ

 

文筆家・ひらりさが執筆した、自身の実体験をもとに女を取り巻くラベルを見つめ直すエッセイ『それでも女をやっていく』(ワニブックス)が2023年2月に発売された。

『それでも女をやっていく』(ワニブックス)

本書の発売を記念して、同書に掲載されているエッセイ「代わりの女」を特別に公開する。

エッセイ「代わりの女」前編はこちら

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去ったのは彼女だった

予感は的中した。彼女も別に「おじさんを転がせる」人材ではなかったのだ。

もちろん、それが悪いわけではない。年相応の新卒社員だったというだけだ。しかし彼はそうは考えなかった。自分の見立てと彼女のキャラクターが異なることを彼女のせいにして、わたしの代わりに彼女が責め立てられる日々が始まった。

※画像はイメージです

できるだけのことはした。彼女と上司の間のメールコミュニケーションをなんとなくサポートしたり、自分が切られたことのあるレッドカードを先回りして教えたり、かなり厳しい叱責を受けていた日には同僚として話を聞いて慰めたり。しかしわたしだってまだ新卒2年目のサルである。「おじさんを転がす」という彼の要求にかなうよう、彼女を助けることは難しかった。彼女がわたしのように編集者ではなく、彼の秘書に近いポジションとして採用されていたのも、彼女の立場が難しい一因だった。人生で一番怒鳴り声を聞いた3ヶ月だった。自分を怒る声は心が閉じるにつれてやがて無音になっていくが、他人を怒る声は鼓膜に反響してどんどん大きくなるのだと学んだ。前者は被害者でいられるが、後者を止められないわたしは加害者の一人に思えた。

それでも彼女は頑張っていた。どんなに怒られて心が折れそうになっても毎朝会社に来ていたし、頬の赤みは引いていったが笑顔の基本装備は欠かさなかった。職場の同僚たちとも仲良くしていた。3ヶ月が終わりに近づいていた頃、オフィスはだんだん静かになっていった。今週さえやり過ごせば彼女は正社員になる。その週にはわたしの24歳の誕生日があった。日本酒にハマり日本酒の連載を担当していたわたしのために、彼女はもう一人の同僚女性といっしょに、桜色の酒器セットをプレゼントしてくれた。この酒器でいつか三人で宅飲みしたいねなんて話をした数日後、会社に行ったら、彼女の荷物がすべてなくなっていた。まだ試用期間は終了していない。