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これでは極刑もやむを得ない…「死刑廃止」を訴え続けた教誨師が唯一さじを投げた死刑囚の言動

source : 提携メディア

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田中にとって死刑の是非の判断のポイントは、個々の死刑囚についてくり返し主張してきた「社会に害毒を流す」かどうかだった。だから田中はこうつづける。「監獄の規律に従順なるものならば死刑を執行する必要なかるべし。如何となれば、監獄に永く拘禁し置かば社会に害毒を流すこと能わざればなり」。

時間をかければどんな死刑囚でも更生させられる

獄則に従順な死刑囚は、犯した罪を認め、反省し、悔い改めた死刑囚であり、そのような死刑囚なら長く監獄に留めて、じっくり教誨をすれば必ずや社会に「害毒を流す」ことのない人物になるからだ、というのが田中の信念だった。

逆に過ちを認めず、反省せず、悔い改めもしないままなら死刑はやむを得ないが、そんな死刑囚でも時間をかけてじっくり教誨すれば、やがては悔い改め、反省し、獄則に従うようになり、社会に「害毒を流さない」人になり、生き直せるのだという人間への信頼が、田中にはあった。

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もちろん田中にも個々の死刑囚についてはいくらかの揺れや迷いはあったが、結論は「死刑は須らく廃止」であり、「否廃すべからず」というのは、時間をかけた教誨によって必ずや「害毒を流さない」人物になるから、結局「須らく廃すべし」という最初のテーゼへ返っていく。

田中のこの信念を支えていたのは、犯罪者も必ず生き直せる、という人への信頼であったろう。ややわかりにくいところもあるが、田中の結論をわたしはそう受け止めた。

田中 伸尚(たなか・のぶまさ)
ノンフィクション作家
1941年東京生まれ。朝日新聞記者を経て、ノンフィクション作家。『ドキュメント 憲法を獲得する人びと』(岩波書店)で平和・協同ジャーナリスト基金賞、『大逆事件 死と生の群像』(岩波書店、のち岩波現代文庫)で日本エッセイスト・クラブ賞を受賞。その他の著書に『自衛隊よ、夫を返せ!』(現代書館)、『ドキュメント昭和天皇(全八巻)』『憲法を生きる人びと』(以上、緑風出版)など多数。
これでは極刑もやむを得ない…「死刑廃止」を訴え続けた教誨師が唯一さじを投げた死刑囚の言動

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