「切るなら、机でも、皮膚でもなく、見えないものを切らないといけないんだ。」
文筆家・映画監督であり、2023年1月にAV女優業を引退した戸田真琴による、初の私小説『そっちにいかないで』(太田出版)が2023年5月27日(土)に発売となる。本人による朗読音声のダウンロードコードが付く【Amazon限定版】も同時発売となる。
毒親との生活、はじめての恋、AVデビューと引退……「あたたかい地獄」からの帰還を描き、240ページにわたって全編が書き下ろしとなる渾身作の一部を公開する特別企画、第2回(全2回/第1回はコチラ)。
第二章 セカンド19
「セイジョウイ、バック、キジョウイ、フェラ、イラマチオ、アナル、エスエム ……この中でやったことあるプレイに◯つけて」
そう言い残すと、星と名乗る男は席を離れた。オフィスの奥のほうにあるウォーターサーバーで、首をスーツの襟からうなだれながら、紙コップに水を汲んでいる。
わたしは、今聞いたスターバックスのカスタムのような音の羅列と照らし合わせ、目の前にあるバインダーに挟まれたプリントのうち、どこの部分を指していたのかを探す。
【経験人数】_人。主語がない。選択肢が書かれていないので違う。
【彼氏の有無】なんでそんなこと聞くんだろう。無に、◯。
【パブ範囲】地上波TV、CSTV、一般誌、アダルト誌、DVDジャケット、サンプル動画。よくわからないから全部丸にしてみる。
【経験済みプレイ】正常位、バック、騎乗位……あ、これだ、と思い、不可解な呪文だった音が漢字とカタカナに入れ替わるのを確認してから、さてどれに◯をすればいいのだろう、と考えたけれど、まるで意味がわからなかった。
SM、はたぶん、テレビとかでやってたあの言葉だ。Sが、人に意地悪をしたいほうで、Mは、ひどいことされて喜ぶ人。それとAV女優の面接とがどう関係あるのかはわからなかったけれど、どれもとりあえずやったことがないような気がしたので、そのままアンケートを読み進める。