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AVデビューと引退、毒親との生活…「あたたかい地獄」から、“わたし”はどう帰還したのか(戸田真琴『そっちにいかないで』/第2回)

2023/06/04

source : 提携メディア

genre : エンタメ

わたしは面接を受けた当初、容姿のポテンシャルなどから「専属にはなれないだろう」と判断されていたところを、性行為が未経験だという事実が発覚したことで、それを大きなセールスポイントとして大手メーカーに売り込むことが可能になったそうだ。処女と引き換えに、専属契約を結んだ。からかわれて、ばかにされて、コンプレックスになっていたことがこの業界では付加価値になるなんて、予想だにしなかった。

用意された薄いブルーのコットンワンピースに袖を通し、もともと付けていた薄いベージュカラーのコンタクトレンズを外した。メイクは極端にナチュラルで、眉毛は太いアイブロウペンシルでぼさぼさに太く描かれ、唇にはルージュではなく透明のリップグロスのみ。クマも、そばかすも、あえてコンシーラーで消したりせずに、生の肌感が残っている浅黒い頰に、上気したようなピンクのチークをのせられた。

一九歳で、田舎者で、まだあどけなく、男の人と手も繫いだことのない女の子が、なにもわからないままアダルトビデオに出演する、という倫理観さえ際どいひとつの架空のストーリーが、ビジュアルに落とし込まれていった。

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そう、鏡でこうして完成形を見ても、この女の子が何歳なのかわたし自身にもよくわからなくなっていた。ティザーサイトをつくるための写真のみの撮影といえど、すでに予算が使われているのもわかる。自分が罪悪感を覚えたくない、噓を背負いたくない、という個人的なわがままによって、作品の売り上げがぜんぜん伸びなかったとしたら、この人たちは困るだろう。そして売り上げが立たないことによって最後に困るのは自分だということもうすうすわかっている。わたしはもう一度、プロデューサーを名乗る大男に尋ねる。

「ほんとうに、一九歳に見えますか。わたしは」

もちろんだよ。絶対売れるから信じて! と、明るい声で言われ、人生二度目の一九歳を演じることになってしまった。

一九歳。一九歳。黒い髪をボブカットに揃え、前髪で眉を隠し、丸いほっぺたで笑ってみせる。一九歳。静岡の田舎で厳格な両親のもと異性との交流を禁止されて育ち、大学進学のために上京。都内の私立大学の文系学科に通い、心理学を選考する一九歳。映画が好きで、映画研究サークルに入っている。大学に入ってから先輩に片思いをしていたが恋に破れ、自分の狭い世界から抜け出したくてAVデビューを決めた。