そのくらいまで答えたあたりで、津崎は、動画を止めた。
ホックに指をかけたまま身体を強張らせていたわたしは、なにが起こるのかわからず、どっと冷や汗をかく。まずいことを言っただろうか。なにか、へんなことでも言ったのだろうか。
「もしかして、未経験?」
……ばれた。全身の毛穴が開いて汗が噴き出るのを感じる。目線が泳ぎ、眉毛がぴくぴくと痙攣し、心臓の鼓動が徐々に速くなる。平然と、平然としないと、平然と。きっと特殊なことだから、どういう扱いを受けるかわからない。早く、ばれないうちに撮影の流れでどういうものか経験してしまおうと思っていたのに。頭の中に、いくつかの場面がフラッシュバックする。
*
大学二年の終わりに、ゼミの生徒たちと先生とともに居酒屋に行ったときのことだ。撮影技術論の先生は40代くらいの中道という女性で、はきはきとしたしゃべり方と女子生徒への距離の詰め方の大胆さで人気を誇っていた。美大卒業後大手ラボに就職し、フィルムの現像や機材の貸し出し管理業務をつとめたのち、講師として大学に戻ってきたそうだ。中道先生のことはわたしも好きだった。教室に集まるたびに世間話のように「今日もかわいいね」と生徒たちに声をかけて回る様は少女漫画の中のプレイボーイのようだったし、粗雑な格好や振る舞いをしていてもどこか精悍さが残っているのも彼女の人柄だと思った。
わたしが生理痛でうずくまりながら教室に入ってきたときには一度授業を中断してこっそりバファリンをくれ、保健室まで送ってくれたし、16ミリフィルムの課外授業で撮ったゾウの映像は「奇を衒わず丁寧に忠実に撮れていていいね」と褒めてくれた。
本来大学というものは、学びたいものを選んで学ぶ場所だけれど、まだ二〇かそこらの生徒たちがどこまで明確に自分の人生の使い道を決めているかというと、まだまだ曖昧だ。気のいい先生のところへは人が集まるし、中道先生のところへは女子生徒の集まりが異様によかった。その中にはわたしが話してみたいと思っていた生徒たちの姿もあったし、なにより先生のつくる授業の雰囲気がよく、それは信頼というよりはどこか、和気あいあいと“青春”じみた空気感を味わえるのではないか、というやんちゃな予感の持つ心地よさだった。