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トラブル防止のため身体接触はNG…泥酔客を起こすために路線バス運転士が使う「苦肉の策」とは

source : 提携メディア

genre : ライフ, 働き方, 社会

どれだけ声をかけても起きない深夜の泥酔客

東神バスでは、夜11時以降に始発バス停を出発する路線バスを「深夜バス」と呼ぶ。深夜バスは、車両も運行ルートも通常と同じだが、料金が2倍になる。深夜バスを利用する人のほとんどは遅くまで仕事をしていた人か、飲酒をして帰宅が遅くなった人だ。深夜バスで一番厄介なのが、熟睡した酔っ払い(*7)である。

その日、深夜0時15分、終点のバス停に到着して、乗客全員の降車を済ませたと思ったら、車内ミラーに大口を開けて眠っている太ったサラリーマンの姿が見えた。私は車内の忘れ物チェックをしながら後方に向かい、「お客さま、終点ですよ」と声をかけた。しかし、起きない。もう一度大きな声で、「お客さま! 終点です! 起きてください!」と言う。けれど、起きない。飲み会の帰りなのか、酒臭い息が漂ってくる。

こういったとき、運転士はお客の体に触れることができない。女性の場合、セクハラと勘違いされる場合があり、男性の場合も財布泥棒などと勘違いされてトラブルになる危険性があるからだ。そこで私は少々乱暴ではあるが、男性が座る座席を蹴っ飛ばした。経験上、こうするとだいたい起きるのだが、それでも男性は起きない。なかなかの強敵だ。

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私は運転席に戻り、冷房を最強にし、冷風の吹き出し口を男性の顔面に向けた。その上で、座席を揺すったり、蹴っ飛ばしたり、「起きてください!」と叫ぶ。

(*7)酔っ払い:酔っ払いで怖いのは嘔吐。バス車内で嘔吐があった場合、バス運転士は「嘔吐物処理キット」を使用して、速やかに嘔吐物を処理しなければならない。嘔吐物処理キットには、マスクや手袋、靴カバー、ビニールエプロン、嘔吐物凝固剤や消毒剤などが同封されており、応急処置ができる。路線バスでの嘔吐物処理は滅多にないが、夜行バスや観光バスでは珍しいことではない。私も深夜バスの乗務では年に1~2回の頻度でゲロ対応に当たっていた。