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「漢文は社会で役に立たない」と切り捨てる“意識高い系”の勝ち組へ

あえて「ビジネスシーンで役立つ漢文」を考えてみた

2018/03/05

 すこし前の話だが、ツイッターで個人的に関心を引かれた投稿があった。投稿者は、プロフィールによれば外資系コンサルへの勤務経験を持ち、投資やキャリアデザインに関係したブログを運営している方だ。

 このツイート(https://twitter.com/shimaru365/status/965893822512218113)は「春はあけぼの」のせいでギャグになってしまったが、実際のところ「漢文は社会で役に立たない」という主張自体には同意する人も少なくないだろう。一般的に言って、いわゆるネオリベ的な思想傾向を持つ日本人で、一定の経済的成功を収めている方ほど、こうした考えが顕著に見られがちな傾向があるかと思われる。

(個人的に恨み節を書けば、私は大学・大学院で東洋史という漢文と縁の深い学問を学んだのだが、10年ほど前に上海で会った現地起業組の若手日本人経営者から「そんな無駄な勉強を6年もやるなんて何考えてるの?」と面と向かって言われてポカーンとした経験がある)

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 近年は大学改革やなにやらで、文学系や歴史系の専攻が真っ先にリストラ対象にされる例も多い。漢文をはじめ歴史・文学といった、カネ稼ぎに直接つながりにくいとされる知識を「不要」とみなす考えは、わが国の政治・経済の上層で幅広く共有される認識となりつつあるようだ。

 私は過去に東洋史を専攻したとはいえ、メインは近現代史なので漢文はそれほど得意ではない。とはいえ、漢文や中国古典の基礎知識をある程度は持つ者として、その魅力と有用性を日々実感しているため、漢文の排斥にはどうも違和感がある。

 ……しかしながら、カネ稼ぎの視点から漢文教育不要論を述べる人たちに教養的側面から漢文教育の意義を説く行為は、メールの添付ファイルもろくに送れない田舎のじいさん(うちの父である)にIoTや人工知能の魅力を説くのと同じくらいハードルが高い。

 例えばラテン語とその古典文学が西欧諸語やその文化圏の基層にあるのと同じく、漢文や中国古典は日本語や日本文化の成立に密接に関係した構成要素である。これらの基礎的な知識は、日本人として自立した思考をおこなえる個人を育成する上で重要であり、リベラルアーツの一環として公教育で教えられるべきだ――。

 などと小難しいことを真正面から主張したところで、ほぼ間違いなく聞く耳を持たれないだろう。

 そこで本記事ではあえて、「現代日本の日常生活およびビジネスシーンで有用」「効率性の向上やカネ稼ぎにつながる」という実利的視点のみから、漢文や中国古典の基礎的な知識を持つことのメリットを論じてみることにしたい。

(1) SNSの投稿やショートメッセージがスマートになる

 日本語の性質として、おなじようななかみのものごとのはなしをほかのひとにつたえようとするときは(=同様の内容の情報を他者に伝達しようとする際は)、適度に漢字語を用いたほうがより少ない文字数で表現することが可能である。

 そこで用いる漢字語だが、これは和語に当て字したものを除けば、基本的に漢文法にもとづいて構成された漢語だ(多くの和製漢語も含む)。

 たとえば、「成功」は「功を成す」、「普通」は「普(あまね)く通ずる」、「喫茶店」は「茶を喫する店」……と、漢語の語彙の多くはいわゆる漢文訓読の書き下し文にできる。これらの言葉の正体は、実はすごくミニマムなサイズの漢文なのだ。

 多くの言葉の正体が漢文である以上、漢文や漢文法の知識を持っている人ほど、日本語の接続詞を自在に使ったり、さまざまな概念を漢語の語彙に置き換えたりしやすくなる。

 これはつまり、ある情報を伝える際に文意を明確にしたり、テクストや発表媒体に応じて文字数を自由にカスタマイズできる技術が得られるということだ。文章量を自在に調節しつつ論理的に情報を発信しやすくなるわけである。

 現代社会のどこで、この技術が役に立つのか? 身近な例を挙げれば、それは文字数制限のあるツイッターのようなSNSや、携帯電話のショートメッセージ(SMS)、表示スペースに限りがあるパワーポイントのプレゼン資料などの文章を書くときだ。特に携帯電話のSMSは、機種やキャリアの相性が悪いと1通あたり70文字以下の文章で情報をやりとりしなくてはいけない。

簡単なツイートを何回にも分けて呟いた経験にある人には漢文の素養が役に立つ ©iStock.com

 一文が冗長で情報量が薄いせいで、簡単な内容を何ツイートにも分けて投稿したり、やたらに文章を分割してSMSを何通も送る人には、誰しも心当たりがあるだろう。漢文を勉強しておけば、こういう非常にカッコの悪いことをやらずに済むのである。