36期連続の増収増益、上場後連続33期の増収増益で世界記録を更新し、単独世界一となったニトリホールディングス。60年の長期計画で経営の舵を取る似鳥昭雄会長が目指すビジョンとロマンとは。売上高3兆円への新たな挑戦に新谷編集長が迫る。
似鳥昭雄氏
ニトリホールディングス 代表取締役会長 兼 CEO
新谷 学
聞き手●『文藝春秋』編集長
コロナ禍の逆風を生まれ変わる好機に
新谷 『文藝春秋』創刊100周年を記念して、「トップに学ぶこの先の100年へ」と題する一流企業のインタビューを連載してきました。20回目の今月号が、最終回です。
似鳥 ニトリが大トリ(笑)。
新谷 まず何と言っても、今年3月期の決算で、36期連続の増収増益を達成されたことから伺います。上場後だけ見ても33期連続で、世界最大の小売り企業ウォルマートを抜いて新記録。素晴らしい快挙です。
似鳥 ありがとうございます。運がよかったと思っています。
新谷 リーマンショックやコロナ禍など、大きな困難もありましたよね。

1944年生まれ。北海学園大学卒業後、'67年に似鳥家具店を札幌にて創業。'72年に似鳥家具卸センター株式会社(現・株式会社ニトリホールディングス)設立。2016年にニトリHD社長職を退き、同社会長となる。
似鳥 10年に1回くらい来る不景気は逆にチャンスだと思って、やるべきことを決めていましたから、リーマンショックはさほど影響がありませんでした。投資をどんどん進めたんです。
新谷 コストが低くなる分、攻める好機だと。
似鳥 はい。人材も採用しやすくなります。しかしコロナ禍は、創業から55年の間で一番参りましたよ。
新谷 どのくらい影響を受けましたか。
似鳥 急で大幅な円安にコンテナ代と原材料費等の高騰が加わり、あわせて約700億円の減益要因となりました。
新谷 巨大な減益要因をカバーできたのは、なぜですか。
似鳥 ありとあらゆるムダ・ムラ・ムリを洗い出してコストを下げ、以前より少ない人員で運営ができるようになりました。人件費が最大の経費ですからね。業務システムも全て見直しました。いつの間にか脂肪体質になっていたのを筋肉質に戻しました。
新谷 かえって生まれ変わる機会になったわけですね。
似鳥 僕は正直、増収増益はもう無理だなと思っていたんです。達成できたのは、本部の人員を含めて延べ2,000名以上が現場へ行って配達を手伝ったりと、最後まで諦めなかった社員のおかげですよ。僕の力じゃありません。だから何十年と続けてきた社員への決算手当も、夏のボーナスに25億円プラスします。
儲けようと思わなくても利益は自然についてくる
新谷 私がすごいなと思うのは、似鳥さんはロングタームでものを考えて、立てた目標から逆算して実現の手順を組み立てることです。絵空事と言われるような数字も唱え続けることで、社員がその気になるんでしょうね。
似鳥 僕は23歳で「似鳥家具店」を始めたんですが、当初は月に40万円しか売れず、赤字続きでした。もう倒産しそうなときに結婚した家内が、愛嬌があって販売上手だったので、売り上げが2倍に伸びたんです。おかげで、対人恐怖症で接客が苦手だった僕は、仕入れや物流に専念できました。
大きな転機は27歳のとき、家具業界のアメリカ視察旅行に参加したことでした。
新谷 1972年ですね。
似鳥 つくる、売る立場ではなく、お客様の使う、買う立場で考えられた品質と、色や柄、スタイルで統一された品揃え。しかも、それが日本の3分の1という圧倒的に安い価格で提供されていました。大きな衝撃を受けましたね。
新谷 その経験から、「住まいの豊かさを世界の人々に提供する。」というロマンと、実現のために何をすればいいかという長期ビジョンが生まれるわけですね。
似鳥 そうなんです。経営の方針として、「一に安さ、二に適正な品質、三にコーディネーション」を掲げました。そして、日本はアメリカに50年以上も遅れているから、30年プラス30年の60年計画をビジョンとして立てました。当時の売上は2店舗で約1.6億円でしたから、500倍発想でまずは「100店舗と売上高1,000億円」を目指そうと。

1964年生まれ。早稲田大学卒業後、文藝春秋に入社。『Number』他を経て2012年『週刊文春』編集長。'21年7月より現職。
新谷 その「第一期三十年ビジョン」は、社内からも現実離れしていると批判されたそうですが、一年遅れの2003年に達成されました。スプリングボードとなった出来事は、何でしたか。
似鳥 チェーンストアの経営を勉強する「ペガサスクラブ」を主宰していた経営コンサルタントの渥美俊一先生と出会ったことです。「日本人の暮らしを豊かにすることだけ考えていれば、儲けようと思わなくても利益は自然についてくる」と言われて、そんなうまい話あるのかなと思ったんですけどね(笑)。本当にそうなっちゃいました。
新谷 問屋を通さず、メーカーから直接仕入れを始めたのは、アメリカに行った翌年からですか。
似鳥 家内に「もっと安く仕入れてきて」と言われて、メーカーと直に取り引きするしか方法がありませんでした。ところが2、3年経つと問屋にバレて、取り引き停止になるという繰り返し。地元の北海道には仕入れさせてくれるメーカーがなくなって、新潟、群馬、静岡、問屋にバレるたびに、和歌山、広島と。
新谷 どんどん南下して(笑)。
似鳥 最後の九州がダメになった1985年に、プラザ合意がありました。以降、1ドル250円が120円へ倍以上の円高の流れになったので、これはチャンスだと思って台湾のメーカーとの取り引きを本格的に開始したんです。
新谷 当初は品質が悪くて、苦労されましたね。
似鳥 クレームや返品のたびにお客様から怒鳴られるので、社員がどんどん辞めていくんですよ。品質が改善するまでの3年ほどは、社員たちから向けられる非難の嵐で、一番辛かったです。
新谷 品質と機能と安さを追求し続けた先に、自前で作って自前で流通させる「製造物流IT小売業」という独自のビジネスモデルが確立されました。
似鳥 依頼した通りのデザインや品質・機能・価格が出てこないなら、原材料の調達から販売・物流・広告まで自社化しようと考えたわけです。お客様がどうしたら喜んでくれるかを、突き詰めた結果です。
新谷 現在の製造は、ベトナムが中心ですか。
似鳥 ハノイとホーチミン近くのバリアブンタウに、総敷地面積約12万5,000坪の工場があります。そこでは約35名の日本人が、約1万人の現地従業員を束ねているんです。僕は、世界のGDPの4割を占めるアジアを制する者が、世界を制すると思っています。ですから今後は、アジアへの出店を増やします。いまは台湾、中国大陸、マレーシア、シンガポールですが、今年からフィリピン、タイ、ベトナム、インドネシア、韓国。海外だけで、今年は77店舗、来年は100店舗、その先は更に多くを出していきます。
目指すのは欲しい物が全て揃う住の総合専門店
新谷 売上の内訳を見ると、家具が約30%まで下がっていますね。エディオンと連携した家電販売、ホームセンター島忠の子会社化、シニアの女性に向けたアパレル「N+」やファミレス「ニトリダイニング みんなのグリル」など、多角化が進んでいます。


似鳥 僕は、住関連の総合専門店を作りたいんです。家具、ホームファッション、家電、ホームセンターがひとつの建物に入っていれば、お客様にはとても便利でしょう。目指すのは、そこへ行けば欲しい物が全て揃う「デスティネーションストア」です。デスティネーションストアというのは「日本人が一番目に買い物に行かないと、必ず後悔する店」のことですね。
新谷 まさしく「お、ねだん以上。」ですね。お客さんのニーズは、どうやって掴んでいるのでしょうか。
似鳥 ウチの家内など周りの人の「これが不便なんだわ」とか「こんな商品があったらいいね」という、単純な不満や要望がきっかけです。例えば「Nクール」という商品。
新谷 ひんやりして肌触りのいい、寝具や枕ですよね。
似鳥 僕が19年前に単身で東京に来たとき、夏の夜が暑くて寝苦しくてね。快適に寝られる新素材を開発して、商品化したんです。
新谷 すぐに売れましたか。
似鳥 当初は全くと言っていいほど売れませんでした。社員に「赤字だから、もうやめましょう」と言われたけど、「石の上にも三年だ」と答えたものです。その通り、3年後には黒字化し、いまやシリーズ累計7,000万個以上お買い上げいただく、ニトリを代表する商品になりましたよ。
新谷 小さな意見をしっかり聞くことで、大きなヒントが掴めるわけですね。
似鳥 社員から「こんなのあったらいいね」と企画を募る大会も年に2回やっていて、何千も応募があります。商品化されたら賞金が出て、ヒットすればさらに報酬がもらえる仕組みです。
新谷 今年の就職人気企業ランキングで、文系の1位になりました。給料のベースアップは20年連続ですが、能力によって報酬にかなり差があると聞きます。
似鳥 人事評価が8段階なんです。普通の5段階だと、3が多くなるでしょう。それだと茹でガエル状態だから、中間をなくしたんですよ。ボーナスには大きな差がつきます。社内に競争がなければ、外で勝てません。

新谷 留学生支援など、社会貢献にも意欲的に取り組まれていますね。
似鳥 社会に貢献するには、教育が一番です。61歳のとき個人の持ち株を、現在の400万株相当寄付し、「似鳥国際奨学財団」を設立しました。2023年5月26日で時価総額では約700億円、2022年の配当金額は約5.7億円になりました。株式配当金で給付型の奨学金を支給しており、支援人数はアジアを中心に今年で延べ1万人を超え、支援額は46.7億円に達する見込みです。
新谷 国内では、高校生と、ひとり親家庭の中学生を対象にした奨学金事業も行なっていますよね。ところで、2032年までの「第二期三十年ビジョン」で掲げているのは、「3,000店舗と売上高3兆円」です。現在の店舗数が、国内外合わせて約925。今年3月期決算の売上高が9480億円ですから、やはりとてつもない目標に見えます。
似鳥 今では、4,000店舗と考えています。ビジョンは、できそうもないくらいでいいんです。簡単に実現できるなら、チャレンジになりませんよ。
新谷 2032年に、似鳥さんはおいくつになりますか。
似鳥 88歳です。
新谷 まだまだ現役で、陣頭指揮を執りますか。
似鳥 僕は20代で商売を始めて、いつ倒産してもおかしくありませんでした。30代でようやく未来が見えて、40代で海外へ出て、50代から工場を海外に移しました。
60代で一気に事業を拡大して、いまの70代が一番楽しい。だから80代は、もっと楽しくなるに違いないと信じているんです。

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