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「どんどんゆかりして」“政界離脱”する佐藤ゆかり(61)がかつて「週刊文春」記者にお願いしたこと

「佐藤の指示で、週刊誌の方はお断りしている」

 週刊文春記者が“排除”されたのは、7月18日に行われた佐藤ゆかり前衆院議員(61)の“政界離脱”会見だ。

岐阜→東京→大阪と“国替え”

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妻子ある2人の男性との泥沼不倫

 ニューヨーク大大学院で経済学博士号を取得し、外資系証券会社で気鋭のエコノミストとして活躍――輝かしい経歴を引っ提げ、佐藤氏が出馬したのが、2005年の衆院選だった。

「小泉純一郎政権下の郵政選挙で、関連法案に反対した野田聖子氏の岐阜1区から“刺客”として立候補しました」(政治部記者)

 だが、選挙期間中にスキャンダルが発覚。週刊文春が妻子ある2人の男性との泥沼不倫を、膨大なメールと共に詳報したのだ(05年9月8日号「佐藤ゆかり『不倫メール』500通」)。例えば、不倫相手の大手マスコミ幹部A氏が速水優日銀総裁(当時)と会うと知った際には、こんなメールを送っていた。

〈Aさんすごいですね、どんどんゆかりしてくださいね。/目をみはるゆかり〉

“目をみはる”不倫メールの数々

21年の衆院選では比例復活もできず落選

 小選挙区では敗れたものの、比例復活当選。“小泉チルドレン”の象徴となったが、06年にも「週刊新潮」に江﨑洋一郎衆院議員(当時)との不倫デートを報じられるなど、その後の政治家人生は精彩を欠いた。

小泉チルドレンだったが…

「“国替え”を重ね、14年衆院選では大阪11区から出馬。同区で2回当選しましたが、21年の衆院選では比例復活もできず落選しました」(同前)