〈脱原発へ、再始動 小泉・細川元首相〉
2014年5月7日、小泉純一郎、細川護熙両元首相が脱原発を訴える新団体「自然エネルギー推進会議」を設立。その賛同人の一人として名を連ねていたのが、渦中の市川猿之助(47)だ。
東日本大震災で猿之助は…
脱原発運動の大きなうねりを生むきっかけとなった11年の東日本大震災。猿之助は翌年、その衝撃をこう語っていた。
〈文化人が何かできないか、音楽で力を与えようなどと考えるが、僕はできないと思う。できないと素直に認めた上で、10年、20年のスパンでみればできることもある〉(12年1月1日、産経新聞)
未曽有の天災に、歌舞伎界も義援金集め等に力を入れる中、当時猿之助が接点を持ったのが細川氏だった。
細川氏が理事長を務める公益財団法人「鎮守の森のプロジェクト」事務局長の新川眞氏が振り返る。
「私達は13年2月に、防災林の植樹活動のために、パレスホテル(東京)で、チャリティーオークションを開きました。そこに歌舞伎俳優の顔の隈取を紙に写し取った『押隈』を提供していただいたのが、猿之助さんでした。彼とお知り合いの細川氏のお嬢様がお持ちくださったのです」
猿之助はこれを機に細川氏の活動に関わるようになり、脱原発団体の“応援団”にも参画したのだ。