小さい頃から本が好きで、小、中学校の頃は週に必ず何度か本屋さんに行っていました。毎月買う雑誌以外にも読みたいものがたくさんあって、あまり長居はできないから三軒ぐらいハシゴするんです。映画や演劇、絵画にも興味があったので、ピアノのレッスンの帰りなど、芸術全般の書棚の前で過ごす時間が何よりの楽しみでした。
幼少期をアメリカで過ごしたことも大きいと思いますが、音楽もクラシックに限らず、ロック、ポップス、父の好きなモダンジャズなど、オールジャンルを聴いて育ったんです。だから大学を出てニューヨークのジュリアード音楽院に留学した時は、水を得た魚のように「よく学び、よく遊び」。毎日学校の練習室が閉まる夜十一時まで練習して、そのあとダウンタウンに繰り出していました。踊りに行ったり、演劇や映像関係の友人と語り明かしたり、ふらっと入ったバーでジャズの演奏に聴き入ったり。
若い頃はいろいろな芸術に触れて幅を広げなさい、と言われていましたけれど、本当にそれが自分の中で一本の線になったと感じられるまでには、だいぶ時間がかかりましたね。やっと今、というか。
演奏というのはイマジネーションの世界で、私の場合は「この曲の登場人物はこういう人で、こんな服を着て、どんな情景の中で何を思ってこうしている」というところまではっきりイメージして弾きます。「誰々のあの絵のような」「あの舞台の主人公みたいに」と想像をふくらませていく時、今まで見て感じてきたことがつながったように、活かされているように感じます。

聴いて下さる方それぞれの中にある思いを呼び起こすには、自分の中の景色を音で描けば何かしら伝えられる気がしているんですね。だからシチュエーションをつくり、そこに自分の音楽を載せていく。絵具を選んで絵を描くのと同じように、音色を選んでいる感覚です。で、その作業はやっぱりデジタルじゃなくて、紙に向かっているイメージなんです。ぬりえで遊んだ幼い頃、好きな本に触れる書店の時間と同じようなことを、今もしているのかもしれません。
作曲家には、常に人としての興味を抱いています。生きた場所、時代、生活、どんなドラマがあったのか。演奏するということは、作曲家の人生の物語を自分と重ね合わせ、一つの景色を浮かび上がらせる行為です。それがクラシック音楽という遺産を継承し、未来に残していくことなのだと思っています。
ひとつの曲はひとつの楽譜、同じものをずっと使っています。最初に習った先生からマスタークラスの先生まで、教えを受けた時の書き込みが全部詰まっている楽譜。先生それぞれに書き方や表現の特徴があって、もう亡くなってしまった恩師の字を見ては宝物だなあと感じています。紙だからこそ伝わる想い、伝承していける歴史は確かにあるんです。
みふね・ゆうこ●ピアニスト。第57回日本音楽コンクール第1位。桐朋学園大学首席卒業後、ジュリアード音楽院留学。その後アメリカデビュー。フリーナ・アワーバック国際ピアノコンクール、ジュリアードソリストオーディション優勝。帰国後は国内外オーケストラと共演を重ね、ラジオパーソナリティ、NHK『BSブックレビュー』司会など多方面で活躍。14年ドラム・パーカッションの堀越彰と“OBSESSION”結成。古典から現代音楽まで幅広いレパートリーに定評、華のあるダイナミックな演奏で聴衆を魅了する。京都市立芸術大学教授。

次回は2024年1月4・11日合併号です。
提供:日本製紙連合会
Photo:Shiro Miyake
