自然と食べ物の話になり、いままで食べたなかで、もっともおいしかったものについて尋ねました。山口さんは少し考えて、「40年前に浜松駅前のファストフート店で食べた海老バーガーだねえ。不思議なもので、B級グルメのほうがよく覚えているんですよ。海老がすりつぶされていなくてほどよく形が残っていてね、ケチャップとマヨネーズを混ぜたソースとの相性が最高で。ほんとうにおいしかったなあ」と、懐かしそうに語りました。
その海老バーガーがとてもおいしかっただけでなく、人生でもっとも思い出深い味なのは何かほかにも理由があるのだろうと思いつつ、そのことには触れないまま面談は終わりました。
人生を振り返る
その後山口さんは緩和ケア病棟に移りましたが、私は引きつづき訪れ、話をしました。
徐々に体力も低下し、ベッドから起き上がるのもやっとの状態になったとき、「いままでいろいろあったけれど、私もここまでやってきました」と、ご自身の人生を振り返ってなのか、しみじみおっしゃいました。
「こんな私だけど、これでよかったのかね」
私はもう一度海老バーガーの話がしたくなり、「山口さんも生きてこられていろいろなことがあったのでしょうね。やっぱりいまでも人生でいちばんおいしかったのは海老バーガーですか?」と聞くと、「やっぱりそうだね」とのことでした。そして、当時のことを話しはじめました。
「自分の家は貧乏だったから、おかずはもやしとかで、もっとおいしいものを食べたいなって食事のたびに思ったんです。おなかがすかないように、母親は苦労しながら姉と私にご飯だけは食べさせてくれた。そんな母親にわがままを言ってはいけないと我慢していたから、食べ物にこんなに執着するのかもね。父親は頑固な人で、あれこれとうるさくて、家のなかは緊張感があって窮屈だったんです。
あれは自分が高校を出て働きだした頃だから、20歳くらいだったかな。駅前にはじめてファストフード店ができて、それまでひとりで外出なんかしなかったのに行きたい気持ちが勝って、車を運転して食べに行ったんです。お店でほおばった海老バーガーがほんとうにおいしくてね」