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岸惠子が綴る「85歳の見栄とはったり」

肋骨を折った日にテレビの収録! しかし、悲劇はそれにとどまらず……

2018/06/17

車椅子を用意してくれるというのに「だいじょうぶ!」

 大雪予報は昼頃からだったのに、まだただの曇り空、高速も空いていてTBSの玄関には約束の2分前にピタリ。

 車椅子を用意してくれるというのに、そこは詮無いわたしの見栄とはったり。「だいじょうぶ!」と言い切って長い廊下を内心ヒーヒー言いながらも巨躯のプロデューサーに腕を組んでもらってスタジオへ。

 稲垣吾郎さんも、女性アナウンサーもすてきに感じよく、でも正味20分ほどのオン・エアーなのに長ーいインタヴュー。体はおろか肩を動かしても痛み、その硬直したぎごちない有様はオン・エアーを見てぞっとしたし、お2人で『愛のかたち』のさわりを朗読してくれているのに、(そんなにせっかちに読むなよ。へったくそっ!)などと、しかめっ面をして聞いているのがちゃんと映っていました。(ごめんなさい、八つ当たりの悪態はご容赦のほどを)。

 収録を終えて、局を出たときは夜。黒い夜のなかに、真っ白く積もった雪。

 高速は危なげなく走れたけれど、降りた途端にまったく動かない長蛇の車列。そこここに雪を被って乗り捨てられた車が邪魔をして、ふだんなら20分かからない道のりを1時間半。

坂道でたちまちスリップ

 おまけに我が家は山の上。悪い予感があたって、坂道に入った途端、スノータイヤなのにたちまちスリップ。

 運よく電車が着いたのか、駅から降りた人たちが4〜5人「せーの」と押し上げてくれました。それでもよたよたとよろけながら登り坂をやっとのことで我が家が見えるところまでたどり着き、安堵した途端に、ずずずーっと、またスリップ。一度目よりたちの悪そうな深間にめり込んだらしき車はやや傾いて強情そうな佇まい。お手伝いさんを呼び出して、スコップやら、砂利の袋を持ってきて、周囲にまき散らし、ドライバーとお手伝いさんがいくら満身の力を出しても、動かばこそ。

 2人に支えられてわたしは家に入れたものの、連絡したタクシー会社もあちこちのスリップ事故で、配車係以外の人数はすべて出払い、車を放置できないおなじみドライバーは、あえなく待つこと1時間あまり、だったとか。

昭和28年の「文藝春秋」臨時増刊号に登場時の岸惠子さん ©文藝春秋

 三々五々と道行く人たちは、ちらりと見ながらもそのまま通り過ぎ「あらっ、と思ったら留学生風のアメリカ人が3人で懸命に押してくれているんですよ」と、後日語ったドライバー女史。

「あ、布教を兼ねてこの辺に住む若いアメリカ人がいるのよ」とわたし。

「たぶんその人たちかも知れない。その若武者3人がかりでも手に負えず、私に向かって何かを叫びながら去って行っちゃったんです。がっかりしてこのまま夜を明かすのかと観念していたら、彼らが戻ってきてくれたんですよ。雪かき用の特大スコップを持って5、6人で!」

「すごい! 仲間を集めて助けに来てくれたんだ」

「日本人が見て見ぬふりか、周囲の人に声掛けして助けてくれるのは照れ臭いのか、車の中に女が1人で困っているのに、冷たく通り過ぎていってしまうのに、アメリカ人のなかにもこんなに優しい人たちがいるんだ、と感激しました」

 彼女がその青年たちのお蔭で帰り着いたのは、夜の10時。局を出てから、4時間半。普段なら1時間かからないところを……。