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2018/07/02

槇文彦の直感

槇文彦氏

 今のままであってほしいと棋士たちが願う街が劇的な変貌を遂げる流れを食い止めたのは、槇文彦だった。2012年、新国立競技場の建て替え案に採用されたザハ・ハディドのプランに対し、先頭に立って見直しを訴えた。

「あまりにも巨大すぎると思えたんです。建築物の高さが最大で25メートルだった街において、高さ70メートルもの巨大なスタジアムが絵画館の隣に出来ていいとは、私には到底思えなかった。図面を見た時、直感的に思いました。完成したものを図面の段階で判断できる建築家として今、言うべきことは言わなければと思ったんです」

 環境面、費用面などで様々な課題が浮上し、槇の意見は世論の後押しを受けた。15年、ザハ案は政府によって白紙撤回に至った。

 周辺環境に配慮した隈研吾の新案は既に完成像を思い描けるほどに工事が進んでいる。夜間になると各フロアに整然と並ぶライトが灯るようになった。

「新国立が完成すれば周辺の風景は変わると思いますが、千駄ヶ谷という街の全体をつくっていくものになればいいと思います。周辺を散歩して違和感を抱かない建築になるかどうか。今、都市圏では集合住宅に住む人が多くなりました。だからこそ、歩いている時に心地良さを感じられる、いかにヒューマニズムのある街をつくっていけるかが建築家である我々に問われているのです」

 実は幼い頃からの将棋ファンでもある。2月、羽生善治と藤井聡太が公式戦で初対戦した朝日杯オープン戦も現地(有楽町朝日ホール)で観戦した。

朝日杯将棋オープン戦で対局した羽生と藤井 ©文藝春秋

「子供の頃はよく指しましたし、今はNHKやAbemaTVで熱心に観戦しています。つい、夜遅くまでお付き合いさせられてしまう……。やはり、勝つか負けるかということに惹かれる。僕らにもコンペというものがありますけど、あれは勝つ、負けるということではないんです。勝敗があるとするなら、良い建築物が出来たかと自分に問う時だけ」

 17年春、千駄ケ谷駅前でかつて手掛けた「津田ホール」の西側敷地で、津田塾大が新設した総合政策学部校舎を設計した。屋上に新宿御苑の緑を望む庭園を造り、植栽のある中庭を据えた。槇は今も、千駄ヶ谷の穏やかなランドスケープを自らの手で更新している。