遺言書でつなぐ家族への想いと社会貢献
「終活」への関心が高まる中、資産の多寡にかかわらず、遺言書を前向きに準備する人が増えている。相続トラブルを避けるためだけではなく、大切な人へ感謝や想いを伝える手段としても注目されている。自分が築いた財産を広く世の中のために役立ててほしいといった希望を具現化する場合にも、遺言書の作成が欠かせない。遺言書作成の注意点などを専門家の話を交えて紹介する。
高まる遺言書作成への関心
想いを託す準備、早めに着手
遺言書を作成するには、どのような手順を踏む必要があるか。 作成のポイントや注意点について相続の専門家に話を聞いた。
形式不備を回避できる「公正証書遺言」が安心

税理士 前田 智子氏
かつては「縁起でもない」と敬遠された遺言書だが、近年は前向きに準備する人が増えている。「相談件数が増加しているだけでなく、相談内容もこの10年で多様化しています」と話すのは、相続に強い税理士の前田智子氏だ。
背景には、元気な高齢者が増えたことに加え、親の相続で苦労したシニア層の危機感がある。「相談の中心は65歳以上ですが、80代~90代で遺言書を作成する人も少なくありません。また、親の相続を経験した方が『自分の時はなるべくスムーズに遺産相続したい』と遺言書の作成に取り組むケースも増えています」(前田氏)。さらに、再婚や未婚、子なしといった家族構成の多様化により、法定相続だけでは対応が難しい人も増えているのだ。
遺言書には主に3つのメリットがある。1つ目は相続トラブルの防止だ。兄弟姉妹間の関係が悪い場合や話し合いが難航しそうな時などでも、遺言書があれば争いを未然に防げる可能性が高い。2つ目は想いを込めた遺産分配の実現。遺言書があれば、世話をしてくれた人や内縁の配偶者など、法定相続人以外の相手に財産を遺すことができる。3つ目は手続きの迅速化だ。預貯金の名義書換や賃貸収入の引き継ぎなども、スムーズに承継することが期待できる。
遺言書を作成する際には、預貯金や有価証券、不動産などの自身の財産を全て洗い出す必要がある。不動産であれば固定資産税の課税明細書が欠かせない。預貯金については、銀行名・支店名・種別・口座番号、概算の金額を整理しておくことが不可欠だ。次に、相続人を確認したい。再婚していたり婚外子がいれば、後述の「遺留分」を踏まえ配慮が必要な場合もある。最後に、「誰に何を渡したいか」を決める。
遺言書は「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」の2種類が主流だが、前田氏は後者を勧める。「過去に『姪に遺したい』と書いた自筆遺言が形式不備で無効となり、兄弟が全額相続したことがありました」と前田氏は振り返る。
自筆証書遺言では家庭裁判所の検認手続きが必要なうえ、封をしてある自筆証書遺言を開封すると5万円以下の過料になる。一方、公正証書遺言なら、公証人が法律に則った形式で内容を整えてくれるため、無効になるリスクが低く、執行も迅速に進められる。
「遺言書を作成する際には、まず公証役場へ相談するといいでしょう」と前田氏。全国にある公証役場では、必要に応じて病院や介護施設への公証人の出張も可能だ(※出張費は別途必要)。形式の整った公正証書遺言なら、「この口座の預金は長女へ、こっちは長男へ」といった個別の財産指定もできる。

ただし、「遺留分」の存在には注意が必要だ。配偶者や子どもなど法定相続人には、法律で定められた最低限の取り分がある。そのため、遺言に「何も渡さない」と記載しても、請求されれば遺産を受け取った人に支払い義務が生じる。「父親の相続で何も遺されなかった長女が争いを起こし、遺された母親と妹に遺留分の支払い義務が発生したケースがありました」(前田氏)。
さらに、前田氏は「付言事項」の重要性にも触れる。法的効力はないものの、相続人への感謝の気持ちや遺言に込めた想いなどを添えることで、遺族がその背景を理解しやすくなり、わだかまりの軽減にもつながりやすいという。
寄付先の信頼性を確認
遺留分にも配慮が必要
遺言書の活用が広がる中、遺贈寄付を検討する人も増えている。人生最後の社会貢献として、財産を世の中のために役立てたいという想いを叶えることができるからだ。
遺贈寄付を行うにはいくつかの注意点がある。まずは、寄付先の信頼性を確認することだ。情報が少ない団体などを寄付先に選ぶと、遺族から理解されにくい恐れもある。さらに配偶者や子どもなど法定相続人の「遺留分」に配慮すること。これを侵害して寄付すると、寄付先が法的な争いに巻き込まれる可能性もある。また、不動産や有価証券を寄付する場合は、事前に遺贈寄付を考えている団体に相談することで、税金関係の確認や受取側の手続きがスムーズになる。さらに、遺言執行者の指定も欠かせない。
寄付先の団体が決まったら、事前に連絡を取り、どのように遺言書を作成すれば確実に寄付できるかについて相談しておくと、想いが実現されやすい。遺言書は、残された人たちへの最後のメッセージ。想いを託す準備は早めに始めておくのが賢明といえそうだ。
