人の体も心も商品化される超資本主義の行き着く果てに「測れない経済」。そこに出現する「お金が消えてなくなったデータ資本主義」は人類の福音となるのか? この数十年から百年かけて起きる経済、社会、世界の変容を大胆に素描した成田悠輔さんの最新刊『22世紀の資本主義 やがてお金は絶滅する』(文春新書)。
本書に書かれた未来予測をどう受け止めることができるのか。古代ギリシャからAIが台頭する現代まで、3000年の歴史をたどって壮大な心の歴史を紡いだ『生成と消滅の精神史 終わらない心を生きる』の著者で、哲学者の下西風澄さんが読み解いた。(前後篇の前篇/後篇に続く)
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古代の物々交換が貨幣を生み、貨幣が資本主義を形成したように、アクセス権経済は「体験の共有可能性」を基軸とした新たな文明段階を切り開く可能性を秘めている。
──Deepseek R1, 2025.1
本書が発売される前、中国の発表したAI「Deepseek」と資本主義の未来について議論していたら、このようなことを書いてきた。「彼」によれば、いずれ貨幣はブロックチェーン化され、労働は対時間価値ではなく社会的影響力によって評価され、すべてがデータによって最適に管理できるならば、社会システムは「所有権」から「アクセス権」によって運営される。そこでは貨幣価値ではなくオリジナルな体験こそが価値を持つだろうと述べた。そしてDeepseekは「貨幣消滅社会において決定的なのは、技術的進歩よりも”労働概念の再定義”である」と結論づけて返答を終えた。成田悠輔と最新AIの考える未来像は限りなく接近している。
貨幣がなくなる未来?
『22世紀の資本主義』(文春新書)は、AIがあらゆる人間行動を支えるインフラストラクチャーになった時代の資本主義の未来を描いている。「貨幣が絶滅する」という挑戦的なテーゼが描かれている本書だが、その道筋は案外シンプルだ。
まずはすべての出来事や行為やコミュニケーションを喰らいながら成長する現在の資本主義が加速し、社会はすべて資本主義になる。市場が国家を覆い尽くし、これまで政治が担ってきた資源調整も市場の機能によって代替されていく。未来のデジタル貨幣システムはAIによって柔軟で精密な価格調整が行うことが可能なため、税制による再配分機能もアルゴリズムとして貨幣のなかに統合されていく。そうすると国家による資産の回収と再配分という非効率で無駄なプロセスは廃絶される。代わりに、アルゴリズムが個々の取引状況に応じて最適化された「一物多価」をリアルタイムで実現し、取引の瞬間に社会的な公平性や必要性に応じた価格が自動的に設定される。 そこで貨幣は一元的な価値指標を持つのではなく、個人の固有の来歴からもたらされる一種の記録/記憶の複雑なデータの集合であるトークンとして、取引ごとに発行され交換される。商品の交換のみならず、挨拶から親密な感情のやりとりまで、すべてのコミュニケーションは複雑なデータ集合のトークンとしてブロックチェーンに記録され、AIアルゴリズムがそれを最適に分配・交換していく。
この「貨幣なき社会」においては、富を一元的な指標で測定し、比較し、蓄積することが原理的に不可能になる。なぜなら、価値の尺度が取引ごとに生成される流動的で多次元的なものになるからだ。その結果、本書は他者と比較し合う「稼ぐこと」よりも、それぞれがユニークな生を生きる「踊ること」が重要になるという、価値観の劇的な転換を予言する。