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新幹線殺傷に見る誤診と誤解だらけの「発達障害と犯罪」

アスペルガー症候群を世に知らしめた少年殺人も誤診だった?

2018/06/26
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 この6月9日、東京から大阪に向かう東海道新幹線の車中で、22歳の小島一朗容疑者に2人の女性客がいきなり刃物で傷つけられ、凶行を阻止しようとした38歳の会社員・梅田耕太郎さんが死亡する悲惨な事件が起こりました。誰もが利用したことのある、日本を象徴する乗り物内での事件だっただけに高い関心を呼びました。

発達障害と犯行を結びつけるような報道のオンパレード

 そうした中、毎日新聞がニュースサイトで報じた6月11日の記事の中に、「誤解を与える不適切な表現」があったとして、おわびする出来事がありました。昨年、小島容疑者が入院していた経緯について報じた記事だったのですが、「容疑者自閉症?」としていた見出しがツイッターなどで批判を受け、「障害と事件が関係するような表現になっていた」と関係部分と見出しを削除したのです。

訂正前の毎日新聞の記事

 記事によると小島容疑者は「自閉症」と診断され、昨年2~3月のあいだ岡崎市内の病院に入院していたのだそうです。しかし、このような見出しだと、あたかも今回の事件と自閉症が関係していたかのような印象を与え、自閉症が犯罪と結びつきやすいかのような偏見を助長しかねません。批判を受けたのも当然だと言えるでしょう。

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 また「Mr.サンデー」(フジテレビ)も「発達障害の人がみな犯罪を犯すわけではない」と留保をつけながらも「発達障害」にスポットを当て、専門家の解説を放送していました。さらにNHKも「新幹線車内の殺傷事件 容疑者と同居の祖母と叔父は」という記事(6月10日)で、叔父の話として「本人は自閉症で自殺願望が強かったです」と報じています。

「Mr.サンデー」6月10日 フジテレビ系

かつて「親の育て方の問題」と誤解されていた自閉症

 そもそも、自閉症とはどのような障害なのでしょうか。厚生労働省が運営する健康情報サイト「e-ヘルスネット」では、次のように解説されています。

「自閉症は多くの遺伝的な要因が複雑に関与して起こる生まれつきの脳機能障害で、症状が軽い人たちまで含めると約100人に1人いると言われています。(中略)

 自閉症は『1. 対人関係の障害』『2. コミュニケーションの障害』『3. パターン化した興味や活動』の3つの特徴をもつ障害で、生後まもなくから明らかになります。最近では症状が軽い人たちまで含めて、自閉症スペクトラム障害(筆者注・略称でASD)という呼び方もされています」

 かつて自閉症は「親の育て方の問題」などと誤解されましたが、現在では「生まれつきの脳機能障害」で、落ち着きのなさや衝動的な行動が特徴の「注意欠陥多動性障害(ADHD)」などとともに「発達障害」の一種とされています。「障害」といっても言語や知能の遅れをともなう人から、一見して問題があるようには見えない人まで様々です。

時代によって変化する診断基準と病名

 もともと発達障害の研究は、1943年に精神科医レオ・カナーによる知的障害をともなう自閉症の研究から始まったため、かつては自閉症というと知的障害があるという認識が一般的でした。一方、1944年にウィーンの小児科医ハンス・アスペルガーは、知的障害をともなわない自閉症の一群について報告していました。彼らは知的な遅れはないけれども、社会性の障害、鉄道の時刻表など特定の事物への限定した興味、一本調子でやりとりにならない会話などを特徴としていました。

 1979年にアスペルガーの研究が再評価され、知的障害をともなわない自閉症がアスペルガー症候群と名づけられ、その存在が知られるようになります。アスペルガー症候群の人たちはコミュニケーションが苦手で、対人関係が築きにくい一方で、中には「変わり者」といわれながらも、記憶力、計算力、想像力などに優れ、天才的な科学者や芸術家として世に名を残した人もたくさんいると言われています。

 ただし、現在はアスペルガー症候群という呼び名は臨床現場で使用されていません。日本の精神科・心療内科で用いられることの多いアメリカ精神医学会作成のDSMという診断基準が2013年に改訂され、それまでアスペルガー障害として分類されていたものは、自閉症とともにASD(自閉症スペクトラム障害)の一部に分類されることになったからです(スペクトラムとは「連続体」という意味です)。