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この本を読み始めたら最後、いつまでもページを閉じることはできない

奥野修司が『宝島』(真藤順丈 著)を読む

2018/07/01
note
『宝島』(真藤順丈 著)

「小説現代」に九百六十枚を一挙掲載した作品だそうだが、一読して納得できた。グスク、レイ、ヤマコという三人の幼馴染みが、沖縄でもっとも熱かったあの時代を駆け抜ける様は、まさに一大叙事詩のようであり、スリリングなのだ。

 ストーリーを支えているのは「戦果アギャー」である。米軍基地という宝の島から物資を盗んでくる泥棒のことだが、これが単なる泥棒ではない。戦後、アメリカの支配下で抑圧され続けた島の人たちの自衛手段ともいえた。あるいは、レジスタンスとも――。

 物語は、一九五二年に極東最大といわれた嘉手納基地に潜入するところから始まる。グスクやレイを率いるのは、レイの兄で「コザで一番の戦果アギャー」といわれたオンちゃん。ところがどこでどう間違えたのか、米兵に見つかって追われる。このとき、まるで神隠しにでもあったように、オンちゃんは消えた。

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 二人は刑務所に放り込まれるが、出所後、グスクは警察官に、レイはコザの地回りになる。ヤマコは特飲街で女給をしながら教職免許をとって教員になった。心を許した仲間が、歯車が狂い始めたようにそれぞれの人生を歩み始める。

 だが、ばらばらになっても、三人はなくした魂を捜すようにオンちゃんを捜した。それは、「地元の人を庭先の石ころとしか見ていない」強大な異国人に対峙するには英雄が必要だったから。みんな英雄を求め、いずれ英雄がこの島を救ってくれることを信じた。

 そんな彼らの前に、ウタという混血の孤児があらわれる。まるで春風のようなこの孤児こそ、消えたオンちゃんの謎を解くミッシングリンクだった。

 やがて沖縄闇社会の抗争にレイが巻き込まれ、グスクも引き込まれ、米軍に雇われた得体の知れない日本人が絡んで複雑に展開し始める。みんな消えたあの男を捜していた。島の熱気が頂点に達したコザ暴動で三人の運命が一つになったとき、自ら英雄になろうとしたレイは基地に向かって突撃する……。

 ルビに振られた沖縄方言があの時代をリアルに演出し、さらに瀬長亀次郎ら実在の人物まで登場して、ますます小説と現実の境が曖昧になる。面白いだけではない。蹂躙されてきた沖縄の怒りと抵抗が、小説の形でつまびらかにされたことの意味は大きい。読み終えても頭に焼き付いた残像がいつまでも消えなかった。

 老婆心ながら申し上げるが、本書を開く前にすべての用事は片づけておいたほうがいい。読み始めたら最後、開いた頁はいつまでも閉じることはできないから。

しんどうじゅんじょう/1977年、東京都生まれ。2008年、『地図男』でダ・ヴィンチ文学賞大賞を受賞して作家デビュー。同年、『庵堂三兄弟の聖職』で日本ホラー小説大賞、『東京ヴァンパイア・ファイナンス』で電撃小説大賞銀賞を受賞。他に『畦と銃』『黄昏旅団』など。

おくのしゅうじ/1948年大阪府生まれ。『ナツコ 沖縄密貿易の女王』で大宅壮一ノンフィクション賞。『沖縄幻想』など著書多数。

宝島

真藤 順丈(著)

講談社
2018年6月21日 発売

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