イラストレーター・平野恵理子さんの人気エッセイ『五十八歳、山の家で猫と暮らす』文庫版が好評発売中です。お母様を亡くした悲しみから立ち直れず、移り住んだのは小淵沢――平野さんのご両親が40年近く前に購入した「山の家」。山荘で一人で暮らす豊かさを綴った名エッセイです。

『五十八歳、山の家で猫と暮らす』

 文庫版の発売を記念して、本書に収録されているエッセイ「高原病院の章」を公開します。

体全体が絞られるような感覚

 こちらに越してきてから半年弱、昨年2月半ばのことだった。立春のころから体調が妙に悪く、夜中に目が覚めるとなかなかそのあと寝付けない。心臓の鼓動が必要以上に大きく速く感じられ、それを気にしていると徐々に手先や唇がしびれてくる気もする。体全体が絞られるような感覚。苦しい。寝なければ、と強く思って腹式呼吸など試みるけれど、100回以上数えてもまだ眠りに入れない。ふだんはひと呼吸ごとに階段を降りるように眠りに入っていけるのに。すぐ隣で体を長く伸ばして熟睡している猫がうらやましかった。

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 昨冬は本当に寒かった。何もかもが凍ってしまうような気がして、気が休まらなかった。初めての越冬はやはり厳しい、と痛感するばかりだった。住む場所を移動するだけでも大事(おおごと)なのに、寒さの厳しい場所へ来たので、その分負担が加味される。暮らしのベースがまだ出来上がらずにいるところに寒さの追い打ち。それでも自分では機嫌よくやっているつもりだったが、日々の暮らしは次々に予期せぬ事が襲って来る。

平野恵理子さん © 文藝春秋

 何か用事や仕事をしているときはそれほどでもないが、部屋で静かにしているときなど、だんだん心臓が大きく鼓動を始め、気になりだすと止まらなくなる。寒さに対応するだけでも精一杯のところにこの体調不良とは。たしかに10月をすぎると急激に気温が下がってきて、しょっちゅう風邪気味の状態を繰り返していた。体がまだこの地の気候に慣れていないのだ。