イラストレーター・平野恵理子さんの人気エッセイ『五十八歳、山の家で猫と暮らす』文庫版が好評発売中です。お母様を亡くした悲しみから立ち直れず、移り住んだのは小淵沢――平野さんのご両親が40年近く前に購入した「山の家」。山荘で一人で暮らす豊かさを綴った名エッセイです。

『五十八歳、山の家で猫と暮らす』

 文庫版の発売を記念して、本書に収録されているエッセイ「高原病院の章」を公開します。

お隣さんに教えてもらった高原病院へ

 富士見高原病院のことは、サイトを見て調べてあった。予約はいらないこと。初診の受付は午前11時30分までのこと。ただ、隣のA子さんから聞いていた、「行くんだったらコウゲンビョウインよ」のコウゲンビョウインとは、調べておいた富士見高原病院でいいのだろうか。いちおう確認したほうがいいだろう。タクシーを呼ぶ前に、電話をして尋ねたら、

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「そう、富士見の高原病院よ」

 よかった。

 A子さんはちょうど東京から帰るところで、インターに入る直前に電話を取ってくれたのだそうだ。病院に行くと聞いて、

「送って行ってあげたいけど、これから戻ったんじゃ受付に間に合わないわねえ。でもタクシーで行くんじゃ高いでしょう」

 と言ってくれる。そんな、送ってもらうなんてめっそうもない。「とにかくあとで行くから」と言ってもらい、なんだか申し訳ないような、でも同時にとても心強く、あたたかい心がなによりありがたかった。

平野さんのご自宅 © 文藝春秋

 タクシーに来てもらって、リュックを背負(しよ)って病院まで。入院になったらしばらく猫に会えなくなるかもしれぬと思い、フードの容れ物をよく見えるところに並べ、お茶碗にもいつもより多めに盛り付けた。抱き上げてお別れのハグをしても、少ししただけで身をよじって床に飛び降り、梯子を昇って屋根裏の柵からじっとこちらを見下ろしている。出かけることがわかったときの、()ねポーズだ。入院の場合は緊急時ということで、猫の世話は周りの人に頼もう。