「ありがとう」を未来へつなぐ
遺贈寄付がかなえる誇りある社会貢献

人生最後の社会貢献として、財産を未来世代へ託す「遺贈寄付」。それは、社会に生きた証を残す新しい社会承継の形だ。本特集ではその一歩を踏み出すための基礎知識をご紹介します。

“眠れる資産”が未来を変える
遺贈寄付が実現する新時代の資産承継の形

死後に財産の一部を社会課題の解決に向けて活動する団体などに寄付する「遺贈寄付」が、新たな資産承継の形として静かな広がりを見せている。思いを確実に未来へと届けるためにはどんな準備が必要なのか。遺贈寄附推進機構代表の齋藤弘道氏に聞いた。

世帯構造とともに相続の常識も変わる

齋藤弘道
遺贈寄附推進機構 代表取締役
さいとう・ひろみち 
みずほ信託銀行、野村信託銀行などを経て、2018年に遺贈寄附推進機構株式会社を設立。全国レガシーギフト協会理事。9月に『おひとりさまのためのエンディングノート』(縁ディングノートプランニング協会監修、文藝春秋刊)を上梓。

「自分が死んだら子どもや孫に財産を残し、引き継いでいきたい」──。そんな相続の常識が、日本の社会構造とともに少しずつ変わりつつある。

 大きな背景の一つは、子どものいない世帯の増加だ。2020年時点で、50歳女性(1970年生まれ)の生涯無子率は27%に達している。非婚化、晩婚化の影響も鑑みると将来的には「相続させる子どものいない人が、全体の3分の1を占める社会が到来する」と予測されている。そうなったとき「次世代のための承継先を自分の意思で選べる遺贈寄付は有力な選択肢となりうる」と、遺贈や相続の専門家である齋藤弘道氏は話す。

 もう一つの課題が、超高齢社会の到来に伴う「老老相続」の広がりだ。相続が発生したときに財産を残す側・受け取る側の双方がともに高齢になる老老相続は、これからますます増えていくと考えられる。そうなると資産が高齢世代に偏り、「若い世代にお金が循環しない」という構造的な問題が起きてくる。しかし相続の際に財産の1%でも遺贈寄付にまわせれば、未来を動かす大きな助けになる。

「遺贈寄付には、偏ったお金の循環に新たな流れを生み出し、未来のためにお金を託すという点に、非常に大きな意義があるのです」

思いを実現するために事前の情報共有を

 遺贈寄付を実現する手段は、遺言や信託、生命保険の活用などさまざまだ。一般的なのは遺言の活用だろう。

「かつては遺言は富裕層だけの特別なものとして捉えられがちでしたが、最近では自筆証書遺言の法務局保管制度が出来るなどかなり使い勝手が良くなって、より多くの方に使っていただきやすくなっています」と齋藤氏。

 さらに近年では『デジタル遺言』の創設に関する議論も進んでいる。齋藤氏は「将来的には音声やビデオで遺言を残すことが認められる可能性があり、実現すれば遺言の形は大きく変わることになります」と期待を寄せる。

 ただし自筆証書遺言は、内容の妥当性や形式について専門家のチェックを受けることは少ない。確実に自分の意思を反映させたいなら、専門家に相談したうえで、公証役場で公正証書遺言を作成するといいだろう。

 また「遺言の実現をだれに託すかも、よく検討が必要です」と齋藤氏は助言する。

「相続や遺言執行の経験の浅い事業者が遺言執行を引き受けた結果、せっかくご寄付を指定されたのに団体側が放棄せざるを得ないケースも起きています」

 例えば土地や建物といった不動産や有価証券など現金以外の遺贈、債務を含めた財産すべてを寄付する包括遺贈は、団体側で受け取れるかどうかの事前調査が必要になってくる。

「遺贈を検討されている場合は、ぜひ寄付を予定している財産の内容について、寄付先候補の団体に事前にご相談いただくことをお勧めします。どんな方法ならきちんと思いを受け止められるのかを一緒に考えてくれるはずです」

準備の第一歩としてエンディングノートを作成

 遺贈寄付に関心があっても、どの財産をどの団体に寄付したいのか、遺言を作成できるほど考えが固まっていないという人もいるだろう。まずは考えの整理やいざという時への備えとしてエンディングノートを作成するのも一案だ。

「法的な効力を持つ遺言とは別に、エンディングノートは各種ID・パスワードや、大切な書類の保管場所などを示す、重要な情報への『結節点(ハブ)』として機能します。現在の財産を整理し、自身の思いを明確にするための準備としても、エンディングノートは非常に役立ちます」と齋藤氏。

 特にデジタル資産が増えてきた今では、エンディングノートなどを使ってスマートフォンのパスワードなどを残しておく重要性が高まっているという。

「ネット銀行やネット証券はメールや携帯電話を使った二段階認証を必要とするものも多く、スマートフォンのパスワードが分からなければ、あらゆる情報が遮断される可能性もあります」

 完璧な遺言を作ろうと考えすぎるとかえって手を出しづらくなる。齋藤氏は「案ずるより産むが易し。まずは一度遺言やエンディングノートを作ってみると、今の自分に足りないところが見えてきます。気になるところから始めてみてください」と助言する。

これからの人生に誇りと充実をもたらす

 遺贈寄付先となる団体をどう選ぶかは人それぞれに異なる。困難な状況にある子どもを支援したいという人もいれば、難病の治療法開発を後押ししたい、難民や紛争の被害者を助けたいという人もいるだろう。

「ご自身の人生を振り返って、もっとも共感できる社会課題の解決を、遺贈寄付によって応援できます。自分が社会の力になると感じられることは、誇りと充実をもたらしてくれるはずです」と齋藤氏。

「高齢者世代に金融資産が集中しているいまの日本の社会構造は、見方を変えれば、シニア世代の行動次第で、より良い未来を引き寄せていくことができるということ。遺贈寄付を通じて、“眠れる資産”が社会を変えていく。そんな流れが生まれればと願っています」