「命あるかぎり、パワーを持って、百戦錬磨で、がんばりましょう。私は、皆様を応援しています」
2025年6月11日、「夢グループ20周年記念コンサート」の滋賀公演。昭和の大スターは、車椅子から立ち、観客に向けてかすれた声を振り絞った。
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3カ月後の9月4日。歌手の橋幸夫が、安らかに逝った。享年82。
中等度のアルツハイマー型認知症を患っていると公表されたのは、5月20日のことだ。直前の大阪公演で、橋はまともに歌うことができず、観客に動揺が広がった。これまでも度々繰り返された兆候だった。
「俺、みんなに迷惑をかけてるのかな」
公演後、橋は楽屋で所属先の「夢グループ」社長の石田重廣氏(67)に歩み寄り、覚悟で手先を震わせながらこう告げる。
「俺、みんなに迷惑をかけてるのかな。頭の中がわけわからなくなっちゃうんだよ。しばらく休みたい」
ここで承諾すれば、橋はもう二度とステージに立てなくなるかもしれない。石田氏は迷わず賭けに出た。
「何言ってるんですか。みんな仲間だし、助けるから大丈夫ですよ。絶対に休ませません。橋さんも『死ぬまで歌う』って言ったじゃないですか」
コロナ禍の窮地に手を差し伸べてくれた恩人社長の思わぬ鼓舞に、橋は少年のような笑顔をみせた。
「本当にいいの? 俺、やれるとこまでがんばるよ!」

