今や企業活動における生命線のひとつとなったコンプライアンス。法令だけでなく社会的なルールを遵守して倫理的な行動を取ることが求められており、“コンプラ違反”となれば、現代の企業にとっては致命傷にもなりかねない。

 コンプラ違反の中でも、注目されがちなハラスメントや情報漏洩といったリスクには経営者も労働者も敏感になり、近年は定期的に社内研修を設けている企業も増えてきた。しかし、中には見落とされやすいリスクも存在する。

 その一つが、企業が所有する建物そのものだ。特に工場や倉庫といった事業拠点は、知らぬ間に不適格や法令違反に近い状態へ踏み込んでいる可能性がある。

「建設費が高騰している近年では、新築を建てる際はもちろん、既に建っている建物の安全性や遵法性をどう確保するかが喫緊の課題になっていると感じています」

 そう語るのは、耐震分野を専門に扱う一級建築士の平井正由さんだ。平井さんは30年以上にわたって構造設計に携わってきた経験から、「古い建物には看過できない危険が潜んでいるケースも多い」と警鐘を鳴らす。

「まだ壊れていないから大丈夫」と思い込み……

 工場や倉庫のオーナーがとりわけ注意すべきは、知らぬ間に違法建築に近い状態へ滑り込んでいる、いわゆる“グレーゾーン建築”だ。

「新しい機械を導入するために、建物の骨組みを支えるブレース(斜めに配置される補強材)や柱を切断する、あるいは外してそのまま戻さない。作業スペースを広く取ろうと増築を重ね、検査済証を取得していない……外見は普通に操業している工場に見えても、こうした勝手な増改築によって実は安全性が著しく低下している、という事例は少なくありません」(平井さん)

普段は見えていない場所の補強材が切断されたり、外されたりしていることも……

 過去に平井さんが目撃した中には、生産ライン拡張に合わせて現場判断でブレース材を撤去したが、その後の補強を行わなかったため構造バランスが崩れ、震度5程度の揺れでも倒壊の危険がある状態に陥っていた工場もあったという。また、中古で購入した倉庫の増改築された履歴を、オーナーが把握できていないケースも……。しかし、このような危険な状態を放置することは、労災やコンプライアンス違反に直結しかねない。

「経営者には従業員に対して安全配慮義務があります。違法建築を放置して事故が起きれば、それは企業の責任になる。また万が一、倒壊して生産が止まれば、取引先への納品責任も果たせません。建物の安全性を確保する義務は所有者にあり、『知らなかった』という言い訳は通用しないのです」(平井さん)

 さらに、平井さんがもう一つ注意を促すのが、“1981年(昭和56年)以前”に建てられた建物だ。

「いわゆる“旧耐震基準”の建物です。旧基準は中規模地震への対応しか考慮されておらず、震度6弱以上の大地震に対する安全性は担保されていません。一方、1981年以降の新耐震基準には『倒壊を防ぎ、人命を守る』という思想が組み込まれていて、震度6強から7程度の大地震でも建物が倒壊・崩壊しないことを基準としています」

 しかし、平井さんによれば、工場や倉庫は一般住宅や公共の建物に比べ、旧耐震のまま使われているケースがいまだに多いという。

平井正由さん(ALFa Design株式会社)

「背景には『まだ壊れていないから大丈夫だろう』という思い込みがあります。ただ、過去の大震災で大きな被害を受けた建物の多くは旧耐震でした。災害が起きてからでは手遅れ。だからこそ、これからは企業も計画的に耐震診断の実施や耐震化を進めるべきです」

 自社の建物が安全かどうかを確認する第一歩として平井さんが勧める耐震診断は、大地震時に建物が倒壊・崩壊しないかを調べ、危険度を数値で評価するものだ。計算と現地調査によって「弱点が長手方向か、短手方向か」といったレベルまで可視化され、経営判断の確かな根拠資料にもなる。平井さんはこう強調する。

「結果が明確な数値で示されるため、社内説明や取締役会での合意形成が進みやすい。安全投資としての意思決定にも直結します」

工場・倉庫の耐震診断の“特殊性” 一般の工務店では対応できないことも

 一方で、先の平井さんの言葉の通り、経営者の中には「自社の地域には地震が来ない」「建物は壊れないはず」という根拠のない安心感を抱く向きもあり、対応は遅れがちだ。工場・倉庫の耐震診断サービスを提供している伊藤忠丸紅住商テクノスチール株式会社(以下、MISTS)の副社長・松原弘幸さんもこう指摘する。

「大地震の危険が叫ばれる昨今、診断の必要性は確実に高まっていますが、着手の遅れが目立つのも実情です」

松原弘幸さん(伊藤忠丸紅住商テクノスチール株式会社)

 商社系企業として業界内で独自の立ち位置を築くMISTSは、伊藤忠商事・丸紅・住友商事などの鉄鋼部門から派生した歴史を持ち、建設用鉄鋼資材の流通を担ってきた。

「建築資材としての鉄鋼を専門的に扱う商社系企業は、日本でもごく限られています。鉄に強いバックボーンがあるからこそ、建築と材料の両面から建物を理解できる。弊社ではその強みを活かし、鉄骨造やRC造の工場・倉庫を対象とした耐震診断サービスを提供しています」と松原さんは語る。

 この“鉄を知る”視点が、工場・倉庫の構造補強では大きなアドバンテージになる。工場や倉庫には、大規模空間や構造材にかかる工作機械の荷重など特有の条件があるほか、長年の運用で増改築されているケースも少なくない。実際にMISTSの過去事例には、クレーンの新設と柱の撤去により「震度4程度でも危険」という診断が出た例もあるという。こうした特殊な環境における潜在リスクの早期発見は、現場に根差した経験の賜物であり、一般のゼネコンや工務店では対応できないことが多い。

「仮に一般の建築士事務所に耐震診断を相談したとしても、“診断だけ”で終わることも少なくありません。すると、設計や施工は別会社に受け渡されることとなり、意思疎通のロスや工期の延伸が生じやすくなります。しかし弊社では、診断から補強設計、工事施工まで同じチームで完結するので、工程間の齟齬が起きにくく、品質とスピードを両立できるのです」(松原さん)

 さらに、平井さんら専門建築士や施工会社との強固なネットワークを構築。夜間・休日・長期休暇を活用しながら、操業を止めずに現地調査から耐震補強工事までを行なってきた実務知見も厚い。経営者にとって、これは大きな安心材料だろう。

MISTSなら、24時間稼働の工場でも操業をストップさせることなく、耐震診断や補強工事を実施できる

 とはいえ、実際に診断を依頼しようとすると壁に直面することもある。多いのは、「建築時の図面が残っていない」「施工した建設会社がすでに存在しない」といった問題だ。

「弊社では、図面がなくても現地実測と調査で構造を復元し、ゼロから診断できます。診断後は『危険かどうか』の判断にとどめず、複数の補強工法案と概算費用を並べて、操業や動線への影響も含めた比較検討までお手伝いします」と松原さん。意思決定までの見通しが立つよう資料の分かりやすさにも注力しているほか、診断後には説明会を開催し、結果を丁寧に説明してくれるという。

「耐震診断は企業の“人間ドック”」まずは現状把握を

 MISTSでの耐震診断の費用はおおむね1㎡あたり1,000〜3,000円が目安。入口のハードルを下げるため、無料相談・現地確認も用意している。補強工事は協力会社ネットワークを活かしてコスト圧縮を図っており、新築の約10分の1の予算で耐震補強を施し、同時に工場の機能回復と職場環境の更新に成功した事例もある。診断から補強案提示までは一般に3〜5か月で、年度をまたぐ段階的計画にも柔軟に対応できる。
※別途、遠方交通費がかかる場合がございます。

「耐震補強は、単に建物を強くするだけではありません。大企業には、取引先の工場に対しても“耐震性”を求めるところが増えています。裏を返せば、『我が社は地震でも止まらない』という安心感は、取引先への強力なアピールになるということです」(松原さん)

 また、安全で快適な職場環境は新規採用や人材定着にもつながる。福利厚生や企業ブランドの観点からも、耐震補強はプラスの効果が大きいのだ。そう考えれば、耐震補強は単なるコストではなく、投資であり営業戦略の一部といえるだろう。

画像はイメージです ©Aflo

 大地震のニュースが流れるたび、MISTSへの問い合わせは急増するという。しかし“被災後”になってしまってはもう遅い。松原さんは、耐震診断を人間ドックになぞらえて経営層に訴える。

「人間ドックで体の状態を知るように、建物もまず現状把握が必要です。1981年以前の建物をお持ちなら、特に早急に調べていただきたい。大切な従業員や設備、在庫をリスクに晒していないか、一度立ち止まって検討してほしいのです」

 工場や倉庫の耐震診断や補強は、法的義務や補助金制度が乏しく、情報も少ないゆえに後回しにされがちだ。だが、「知らなかった」では済まされない時代。平井さんが指摘するように、建物の安全性を確保することは企業コンプライアンスの根幹であり、松原さんが強調するように、それは事業継続と企業価値向上を同時に実現する戦略投資でもある。企業の在り方が問われると言っても過言ではない問題なのだ。

 まずは耐震診断で現状を知ること。そこから、従業員の安全、取引先からの信頼、そして企業の未来を守る第一歩が始まる。

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