2023年5月に新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)が5類感染症へと移行してから、約2年半が経過した。世間では「コロナは終わった」という雰囲気が広まり、マスクをしない日常が当たり前になりつつある。

 今夏には、喉の痛みが「カミソリの刃を飲んだよう」とも表現された新型株・ニンバスの流行に注目が集まった一方で、いわゆるコロナ禍の頃のような連日の報道はされなかった。

 果たして、コロナは本当に“ただの風邪”になったのだろうか。

減少しているように見えるが……感染者数が“不正確”な理由

「メディアへの露出の度合いは社会的な要素も絡んできますし、実際の流行とは必ずしも連動していません。実際には、5類移行後のコロナは夏と冬の年2回、決まった季節に流行の波が来ています。インフルエンザと同様に、いわば風土病のような形で定着したと考えられるんです」

 そう話すのは、大阪・北野病院で感染症科部長を務める丸毛聡医師だ。とはいえ、厚生労働省が発表している定点医療機関からの報告数では、長期的には感染者数が順調に減っているように見える。

厚生労働省「新型コロナウイルス感染症の定点当たり報告数の推移」より

 しかし、丸毛医師は、この数字が実態を正確に反映していない可能性があると指摘する。

「定点報告の数字は、実態よりも少なく見積もられていると考えています。5類移行によって、コロナの検査・治療には患者さんの自己負担額が発生するようになりました。抗ウイルス薬は安いものでも3割負担で約1万5000円と高額ですし、そもそも検査しない、病院にかからないという判断をされる方も増えていると思います」

 この“見えざる感染”の実態を浮き彫りにするのが、入院患者数の推移だ。定点報告数に対して、入院患者数の減少幅は明らかに小さい。これは、報告されていない“隠れコロナ感染者”が市中に多く存在し、その中から一定数の人々が、入院を必要とするレベルまで重症化している現実を示している。

神奈川県のデータをもとにしたグラフ。定点報告数(紫)では順調に感染者数が減っているように見えるが、入院患者数(黄)や下水中のコロナウイルスの濃度(水)はそれほど大きく減少していないことが分かる(引用元:https://advansentinel.com/ja/whitepaper/applicationnote/20250722)

 さらに、この傾向を強く裏付けるのが、下水中のウイルスを検査・監視する下水サーベイランスのデータだ。

「私たちがウイルスに感染すると、ウイルスは体内で増殖し、一部は体外へ排出されます。そのうち便や尿と一緒に排出されたウイルスは、下水に含まれていることが考えられるんです。そのため、下水中の病原体の濃度を調べることで、感染者が病院を受診したかどうかにかかわらず、感染症の発生・流行の状況を把握できる可能性があります」(丸毛医師、以下同)

 グラフを見ると、特に2024年の夏以降、定点報告数と下水中のコロナウイルス濃度との間には大きな乖離が生まれている。定点報告数が低いレベルで推移する一方で、下水中のコロナウイルス濃度は依然として高い水準を維持しているのだ。つまり、定点報告数が減少したのは病院受診を控えるようになったことが原因であり、実際の感染者はもっと多いことが予測される。

「コロナは弱毒化している」は本当か?

 現在のコロナウイルスに関して他によく聞くのは「ウイルス自体が弱毒化したからコロナを恐れる必要はない」という言説だ。ウイルスが弱毒化しているというのは本当なのだろうか。

「弱毒化そのものはしていると思います。感染者数のうち重症化する人の割合は、特に致死率の高かったアルファ株やデルタ株の頃と比べて明らかに減っています。基礎疾患のない若い方が重症化するケースはあまり見られなくなりました」

 しかし、それはコロナの脅威がインフルエンザや従来の風邪と同等になったことを意味するわけではない。特に高齢者や基礎疾患を持つ人々にとっては、コロナは今なおインフルエンザよりもはるかに危険なウイルスであると、丸毛医師は断言する。

「昨年度のデータを見ると、コロナでの死亡者数は3万5865人。インフルエンザは2855人ですから、実に12.5倍にのぼります。死亡リスク以外に、人工呼吸器が必要になるリスクも、インフルエンザと比べると数倍以上。決して“同じレベル”になったわけではありません」

丸毛 聡(まるも さとし)
医学研究所北野病院病院長補佐・呼吸器内科主任部長・感染症科部長・感染制御対策室室長。2002年に京都大学医学部を卒業後、倉敷中央病院初期研修、京都大学大学院医学研究科博士課程、岸和田市民病院を経て、2020年より現職。COPD・喘息・感染制御を専門とし診療・研究を続ける傍ら、2021年6月からコロナ後遺症外来を開始

 もう一つ、コロナに罹患した際に軽視できないのが、後遺症のリスクだ。重症化しにくいとされる若い世代であっても、長く続く後遺症に苦しむケースは後を絶たない。

「高齢者や基礎疾患のある方に後遺症が残ることは他の病気でもありますが、コロナの怖さはまだ若くごく健康な人でも後遺症のリスクがあること。最も特徴的な症状はとにかく長く続く倦怠感で、起き上がれない、動けないという方が多いですね。私が担当している専門外来では患者さんの7割が女性で、年齢の中央値は45歳。まさに働き盛りの世代です」

 若年層で後遺症を発症しやすい人の統計的な特徴としては、女性であることのほかに、肥満、基礎疾患がある、急性期の症状数が多かった、急性期に十分休めなかった、そしてワクチン接種歴がない、といった傾向が見られるという。

「ワクチンを2回以上接種した人の後遺症リスクが約3%であるのに対し、未接種の人は7.5%というデータがあります。ちなみに、初期の野生株が流行していた頃の後遺症リスクは約11%でした。ウイルス自体のリスクが下がったことに加え、ワクチンによってさらにリスクを低減できていると考えられます」

画像はイメージです ©Aflo

 問題は、この後遺症にはまだ確立された治療法がないことだ。治療は似た症状を持つ筋痛性脳脊髄炎や慢性疲労症候群に準じて行われるが、こちらも特効薬はない。完治までの期間も個人差が大きく、数カ月から半年ほど症状が長引くことも珍しくない上、長い人は年単位にも及ぶという。だからこそ、何よりも“予防”が重要になる。

「後遺症にならないために個人ができることは、まずワクチンを打っておくこと。インフルエンザワクチンは毎年打つのが当たり前なのに、コロナワクチンは『○回打ったからもういい』と考える人が多いんです。でも、インフルエンザで『私は25回打ったから26回目はやめる』という人はいませんよね。

 そして、かかってしまったら無理をせず、急性期にしっかり休むことが大切です。また、抗ウイルス薬は高価ですが、後遺症という大きなダメージを避けるための“転ばぬ先の杖”として、服用を検討する価値はあると思います」

感染が広がるのは「夏は沖縄から、冬は北海道から」

 これから迎える冬は、インフルエンザやRSウイルスも流行する“トリプルデミック”の季節でもある。基本的な手洗いや、流行時の人混みでのマスク着用は、多くの感染症予防に有効だ。しかし、オミクロン株以降に特有の空気感染(エアロゾル感染)を考えると、それだけでは不十分な場合もある。

「特に今夏のニンバス株は感染力が上がっていて、院内でも隣の部屋の患者さんにまで移るといった空気感染が疑われる事例がありました。マスクをしていても、カーテンや壁に隔てられていても、同じ空間にいるだけで感染するリスクがあるのです」

 そこで丸毛医師が注目するのが“換気”だ。

「コロナへの感染状況を見ていると、夏は沖縄からやってきて、冬は北海道からやってくる。まさに窓を完全に閉め切り、部屋の換気が悪くなる季節が早いところから感染が広がるんです。ということは、夏や冬も空気を入れ替え続ければ感染を抑制できるのではないか、と考えました」

画像はイメージです ©Aflo

 丸毛医師の所属する北野病院では、もともとは入院前にコロナの陰性を確認するなどウイルスを院内に“入れない”ための対策を実施していた。しかし5類移行に伴い継続が難しくなったことから、“入ってきても広げない”方針へと転換。面会制限を緩和し、患者の精神的な孤立を防ぎながら院内感染を抑制するために、微細な粒子まで除去できるTPAフィルターを搭載した高性能な空気清浄機エアドッグを導入した。

「導入後、院内のクラスターは明らかに減った実感がありましたし、データもそれを示しています。TPAフィルターは従来の医療用HEPAフィルターを超える性能を持ち、経年劣化も少ないためランニングコストも抑えられる。これは病院だけでなく、高齢者施設や多くの人が集まるホールなど、さまざまな場所で応用できる対策だと考えています」

 新型コロナウイルスは、日々その姿を変えながら、今も私たちの社会に存在し続けている。過度に恐れる必要はないかもしれないが、“終わったもの”として無関心でいるには、あまりにリスクが大きい。

 正しい情報を基にリスクを認識し、適切な対策を続ける。ウイルスと共存していく時代に求められるのは、その冷静な姿勢だろう。


提供:一般社団法人日本空気と水の衛生推進機構
https://jawho.or.jp/