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ハーフがいる風景 #2――多様なルーツを背負う新世代

ムスリム、南米系……。「内なる国際化」と葛藤する

2018/09/23

source : 文藝春秋 2016年7月号

genre : ニュース, 社会, 国際, ライフスタイル

「それは年配の人の感覚です」

 それはどこか、都内に住む25歳のシンガー・小池渚安奈(ジョアンナ)の認識にも重なり合う。

 東大卒の塾講師と元ホステスを両親に持つ彼女は、小学校2年生のとき、両親の離婚で妹とともに母親に引き取られた。だが、水商売に戻った母親には、時に暴力も振るう不安定さがあり、渚安奈は高校進学時に家を出て、父親を頼るようになった。青山学院大を卒業し、音楽の道を歩む現在も、実家で父や祖母と暮らしている。

小池渚安奈

 少女時代、深夜に帰宅する母は仕事上のストレスをしばしば渚安奈にぶつけた。

「あんたたちのために、私はこんなつらい仕事をしてるのよ」

 理不尽な叱責は、明け方近くに及ぶこともあった。彼女自身の清楚な容貌にバタ臭さはなく、“ガイジン”扱いで不快な目に遭ったことはない。葛藤は母親との一対一の関係に凝縮されていた。

 一方で渚安奈には、さまざまな形で知り合ったハーフの友人と、フィリピンでの災害復興を支援するチャリティーイベントに取り組むような一面もある。

 自身を含むフィリピンハーフ全般にまつわる思いを尋ねると、こんな言葉が返ってきた。

「お互いにいろいろ抱えている。それはみんなわかっているんです。でもそれを、言いたくない人もいるはずです。だからみんな、触らないようにしています」

 時には周囲から、フィリピンにまつわる偏見も感じるのか。

「それは、年配の人の感覚じゃないですか。私たちの世代に、そういったイメージはないと思います」

 だとすれば、喜ばしい。先入観による“くくり方”が難しくなることこそ、きっと彼女らには大切なことなのだ。

 私が手にしていた『フィリッピーナを愛した男たち』の表紙を見て、渚安奈は「そんな本があるんですか、面白そうですね」と呟いた。

 もしかしたら、彼女の世代はもう、「ジャパゆきさん」という言葉も知らないかもしれない。そんな思いがふと浮かんだ。

 80年代末、「情報化」とセットで「国際化」というキーワードが、時代的課題の決まり文句として使われた。やがて、さまざまな国からの労働者流入現象に際しても、この言葉が転用され、「内なる国際化」という言い方が流行した。

 この四半世紀を振り返ると、このフレーズはむしろ、ハーフ新世代の彼ら・彼女らの葛藤を指す意味にこそふさわしいように思える。心身に埋め込まれた複数のアイデンティティー。その折り合いをどうやってつけるのか、幾多の若者が自問自答を重ねている。

 私たち全体の異文化・異民族との関係は、彼らの社会進出に伴って、すでに豊かさと深みを増し始めている。

(文中敬称略)