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連載松尾諭「拾われた男」

2018/09/30

genre : エンタメ, 芸能

「区役所からの郵便なんやろね」

 そのうちに日も暮れ出し、一向に封筒を開かない彼女に、徐々に苛立ちを覚え始めたころ、彼女が言った。

「お腹すいた?」

「そんな事よりも、さっさと封筒を開けてくれ」

 と言うわけにもいかなかったが、苛々だけでなく。このままいつまでも開けずにゴミ箱に直行するのではないかという不安もあったので、できうる限り平静を装って言った。

「区役所からの郵便なんやろね」

 彼女はすっかり忘れてたと言わんばかりに「あー」と返事して、面倒そうについにその重い腰をあげた。

 ついに封筒を開ける。昂る気持ちをグッと抑え、横目で彼女の様子を窺った。封を開け、中身を取り出し、裏表を見てそのまま何事もなかったかのように再び封筒に戻してこう言った。

「渋谷区から婚姻届送ってきたよ。早く結婚しろってことかな」

「そんなわけあるかい」と言いそうになったが、そこも冷静に、少し驚いたふりをして「へー」と応えると、彼女は「都会は違うね」と言いながら封筒をちゃぶ台に戻したので「もう一枚何か入ってたでしょ!?」と思わずつっこんだ。

 彼女は小首を傾げて再び封筒の中に手を入れて、1枚出し、2枚目を出したところで、まるで時間が止まったかのように固まり、見開いた目からボロボロと涙を流した。

「結婚してくれる?」

「ひゃっかいする」