「誰から取っても、27個のアウトを取れば、試合は終わる」
私はプロ野球にキャッチャーとして入団した。高卒ルーキーにとって、配球、試合とシーズン全体を通したマネジメントを学ぶ前に、やることはたくさんあった。まずはボールを捕れるようになること。当たり前だが、プロのピッチャーの投げるボールはすごい。初めて寺原さん(現ヤクルト)のボールを受けた時、「スライダー行くよ」と言われて投げられたスライダーに反応することができず、ボールはミットにすら当たらなかった(右の鎖骨に直撃し、未だに治っていない)。あの時受けた156キロのシュートは、「こんなボール、人類が打つことができるのか?」と思ったことを鮮明に覚えている。なんとかボールが捕れるようになると、次はワンバウンドする変化球を確実に止められるようになること。その次に、セカンドに確実に送球できるようになること。それらがプロの水準になって初めて、「配球」という領域に進むことができる。
「誰から取っても、27個のアウトを取れば、試合は終わる」
当時のバッテリーコーチは、中村武志さん(現中日一軍バッテリーコーチ)。高校時代、とにかく目の前のバッター一人ひとりと全力で勝負してきた私にとって、最初に教わったこの考え方は、衝撃的だった。
「いいバッターには、どんな手を使っても打たれる。だからこそ、いいバッターなんだ。プロの世界で、3番や4番を打つような選手とまともに勝負しても、打たれるに決まっている。大事なのは、そのヒットをただのシングルヒットにすること」
新沼さん(現DeNA二軍バッテリーコーチ)は、試合前にスコアボードに並んだ相手のスターティングメンバーを見ながら、「4、3、2、2、3……」と数字を数えていた。それは、誰から何個のアウトを取るかを数える作業だ。誰から取っても27個。だからこそ、重要な考え方がある。
同じ相手と何度も勝負をするプロ野球ならではの考え方
「絶対にアウトにできるバッターから、絶対にアウトを取る」
ということ。ここで気が抜けて無駄なフォアボールを出したり、ヒットを打たれたりするから、ランナーを置いた状態でいいバッターと対戦しなければならない。甘いボールを投げられないプレッシャーがかかり、攻め方は余計に慎重になる。そうしてカウントを悪くし、苦し紛れにカウントを取りに行ったボールを痛打され、失点に繋がる。いいバッターと全力勝負しても、結局は打たれる。だからこそ、絶対にアウトにできるバッターにこそ、全力を尽くしてアウトを取りに行く。この考えは、「相手チームの4番バッターと全力で勝負して、勝つ」ことばかり考えていた高校野球とは全く違い、「いいバッターには打たれる前提で考えて、ヒットを2本打たれても、ただのシングルヒットに“抑え込む”」という考え方。この辺りは、同じ相手と何度も勝負をするプロ野球ならではの考え方といったところだろう。
失点の考え方についても、高校野球とは全く異なる。「何点以内に抑え込むか」ではなく、「何点まではあげていいか」と考える。初回に無死満塁というピンチを背負ったら、「ここでホームランを打たれて4点取られた方がいい」と考えることもある。初回から厳しい勝負を選択するより、4点取られてランナーなしからやり直した方が、7回までを考えるとピッチャーにとってダメージが少ない可能性がある。この試合に負けても、明日も明後日もその先もずっと試合が続いていくプロ野球においては、勝負の考え方が全く違うのである。
高校野球は、年の差が最大に離れても2歳。たまに出てくる怪物級の選手でさえ、経験してきた試合の数や、勝負勘には大差がない。しかし、プロ野球に入ると、高卒ルーキーだろうがなんだろうが、対戦する相手は百戦錬磨の勝負師たち。目の前の一打席で勝つか負けるかということはもちろん大事だが、それは連綿と続く勝負の螺旋の一部分に過ぎない。高校野球とプロ野球は、勝負の質が全く異なる。そういう観点からそれぞれの野球を見ると、また違った楽しみ方ができるようになるだろう。
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