「閉館を決めたのはコロナのせいだけではないんです」
――そうした対応をとりながらも、3月中旬には「5月末での閉館」を決断されました。やはり、コロナの影響は想像以上でしたか?
女将 実は、閉館を決めたのはコロナのせいだけではないんです。社長(※女将のご主人・菊吉さん)は去年の8月くらいから危機感を持っていた、と言っています。オリンピックに向けて、東京にたくさんホテルが建ってきましたよね。その影響もあって、その頃から売上が落ちてきたんです。私たちも、新しくて、きれいで、便利なところのほうが、ニーズが高いのはわかっていますので。
それで、10月は秋の行楽シーズンで一番売上があがる時期なんですが、去年はそこの数字も悪かった。11月にはちょっと挽回したんですけど、社長はその10月の落ち込みをとても気にしていたみたいです。
――昨年の夏頃から徐々に売上が落ちているなか、年が明けて、今度はコロナがやってきた、と……。
女将 1月、2月の売上は、昨年の6割減くらいです。それでも十分悪いですよね。でも、3月になったらもう9割減です。そうしたら、社長が「来年やってるかな」と言いはじめまして。そのうちに「オリンピック前にやめるかな」と言うようになりました。
鴎外の旧邸を残すために決断した
――最終的に、5月末での閉館を決めたのはいつですか?
女将 よく覚えているんですが、3月12日の朝に社長とお茶を飲んでいるときに、「5月末にしようかな」と言われたんです。「そんな早くなるんだ」というのが、正直な気持ちでした。ただ、社長は「ここで経費を止めるんだ」と。
――経費を止める?
女将 はい。旅館を1日開けるだけでも、百万単位の経費がかかるんです。これを続けていたら、いつか倒産してしまうかもしれない。そうなったら、鴎外の旧邸を残すこともできなくなるかもしれません。閉館後、どこかに寄贈するにしても、移築するだけで相当なお金がかかります。でも今ならまだ、その算段をする体力がある、と。
仮に倒産してしまったら、うちの要望を叶えてもらうことなんて絶対にできませんよね。ただ、偉そうですけど、私たちもどこでもいいわけではないんです。ここに空き地があるから、じゃあ移そうか、みたいな感じだと、そのまま朽ちて、傷んでいくだけになってしまうかもしれない。それは絶対に避けたいんです。この建物は生き生きした姿で、ちゃんと管理されて残っていってほしい。それを選びたいとなると、もう今しかない。そうした決断です。