新型コロナウイルスの蔓延で打撃を受け、5月末での閉館を決めた水月ホテル鴎外荘。東京・上野の不忍池からほど近い、約80年の歴史をもつ老舗旅館だ。敷地内には客室数100室強の宿泊棟が建ち、森鴎外の旧邸も丸ごと保存されている。
鴎外が『舞姫』を執筆した部屋「舞姫の間」をはじめ、明治の古き良き時代の香りを残す宿として、リピーターも多かった。閉館の一報は3月中旬、利用客のツイートによって一気に拡散され、以来閉館を惜しむ声がSNSを中心に広がっている。
相次ぐキャンセルを受け、このタイミングで自らの歴史に幕を下ろすことを決めた鴎外荘。その決断の裏には、一体何があったのか――。女将である中村みさ子さんに、閉館までの経緯と今の心境を聞いた。(全2回の1回目/後編に続く)
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――5月末での閉館が決まった今、率直な気持ちを教えて下さい。
中村みさ子女将(以下、女将) 実はここ数日、光栄なことばかりなんですよ。「閉めると聞きましたが、本当に残念です」「名残惜しいです」というお声をたくさんいただきまして。ここがどれだけ皆さまに愛されてきたかということをひしひしと感じて、とてもありがたいですね。
――そもそも普段の利用客は、どういった方が多いのでしょうか。
女将 やはり年配の方が多いです。特にこの季節は、「桜が咲く頃に、また上野で会おうね」という同窓会のお席などがたくさんあります。あとは、ご接待のお席で利用される方も多いのですが、そうした予約は軒並みキャンセルになりました。コロナの影響は、やはり年配のお客様の方が気にされる部分も大きいかと思いますので……。
6月の予約までキャンセルになってしまった
――実際にキャンセルが始まったのはいつ頃からですか?
女将 2月の中旬から下旬にかけてですね。特に、ライブやコンサートなどの自粛がテレビで言われ始めるようになってからです。そこからは電話が鳴るとキャンセル、という感じでした。他にもFAXや、旅行会社様からのご連絡もたくさんいただきました。結局、6月の分までキャンセルになりまして……。
――いきなり旅館が静かになってしまったわけですね。