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2016年6月、広島カープの鈴木誠也が起こした奇跡と、私の1万3000円の行方

文春野球コラム ペナントレース2020

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ドラマチックな展開で勝利した裏側で私は……

「うわ、まじか」と思わず声が出た。鈴木誠也の逆転サヨナラ3ランホームランによって、広島は2試合連続でドラマチックな勝利をおさめたのだ。こんなことってあるのか。

 後から考えればそのオリックスとの3連戦は、「神ってる」の流行語のきっかけともなった、鈴木誠也大躍進の3試合だった。序盤で強くても途中で失速することが多かった広島だが、多くの広島ファンはこの神ってる3連戦で、25年ぶりの優勝にリアリティを感じたと思う。

2016年6月18日のオリックス戦でサヨナラ3ランを放った鈴木誠也

 一方その頃タクシーは、搭乗手続きの時間になっても空港へ着く様子がなかった。運転手の背中が若干気まずそうに見えた。信号ギリギリを突っ切るような攻めの運転は、いつの間にか安全運転に切り替わっていた。

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 結局タクシーは搭乗手続き締め切り時間を10分以上過ぎて空港に到着した。運転手の「急げばまだ間に合うかもしれません」との言葉を聞き流しながらカウンターへと走った。

 本来の搭乗時間はもう過ぎているが、離陸まではまだ少し時間がある。息を切らせてカウンターへ駆け込み、「ふう、何とか間に合った」という顔をして搭乗手続きを進めようとしたが、職員は「あ、もう終わりました」と冷たく言い放つのみで交渉の余地はなかった。

 私は己の無力を噛みしめながら、飛び立つ飛行機を見送るしかなかった。全く東京に近づいていないにもかかわらず、飛行機のチケット代7000円とタクシー代6000円の計1万3000円を失った。

 時間とお金の問題で、結局そのまま夜行バスに乗って帰るしかなくなった。既に失ったお金と夜行バス代の合計は、新幹線の料金を大きく上回っていた。

 本当に俺は何をしているんだろう。衝動的に何かを叫んでしまいそうになり、心のバランスを保つためポジティブな要因を探した。そうだ。広島は今日、奇跡的な勝ちを収めたじゃないか。それでよしとしよう。そう自分を納得させようとしたが、「いや、それじゃ全然足りねえ」という心の声を払拭することはできなかった。

 鈴木誠也も今では広島東洋カープ不動の4番バッターである。今年は例年以上のペースでホームランを量産し、「神ってる」の数日間がただの偶然ではなかったことを証明し続けている。あの日彼の逆転サヨナラホームランで私の心の穴は埋まらなかったが、その後数年の活躍であの1万3000円はチャラになったと思いたい。

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