アイドルグループSDN48の一員として紅白出場経験もある大木亜希子さんは、25歳で芸能界からWebメディアの営業職に転職する。が、無理がたたって精神を病み、職なし金なし彼氏なしの「詰んだ」状況に陥ってしまう。そんなとき彼女を救ったのが、当時56歳の赤の他人「ササポン」との同居生活だった。

〈結婚はまだなの? 彼氏はいるの? 収入はいくらなの? ふと周囲を見れば、視線をそらして下を向きたくなるような質問ばかりが、自分に向けられる。次から次へと人生の課題も出てきて、悩むことだらけだ。そのたびに私は、「もう無理っすわぁ」と我が家の食卓で絶叫している。しかし、そんな私の姿を見て、いつもササポンは笑いながらこう言うのだ。「アキちゃんの人生が羨ましいよ」と。

 彼によると、私が人間関係で悩んだり恋をしたり、仕事のことで悩んだり、こうして本を書いたりしている、その一連の流れすべてが眩しいのだという。28歳差の我々は、どうやら見えている世界が少し違うらしい。〉

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大木亜希子さん

 シェアハウス暮らしから2年経った今、無双状態でいきいきと執筆業に邁進する大木亜希子さんが、「ササポンハウスを出たあと」にどんな生活を思い描いているのか、話を聞いた。(全2回の2回目/#1から続く)

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女を武器にしてでも勝ち組になりたかった

 SDN48が解散すると、Webメディア『しらべぇ』のコラムニスト募集に応募して一般企業にはじめて就職する。大木さんは25歳になっていた。

「アイドル時代、ファンの方から文章を褒めてもらったのが心に残っていたことから、文章が書ける仕事がいいと衝動的に応募しました。就職してからは、それまで女優やアイドルとしてパッとしなかったこともあり、『もう絶対に次のキャリアでは負けられない』と、これまで以上に仕事もプライベートも輝く女を目指し、毎日しゃかりきでした。

 

 でも、女子としての自分が消費されるのが嫌で書く仕事に就いたのに、自ら銭湯企画を立ててちょっとセクシーな写真を入れ込んだ記事を書かせてもらったり、文字通り一肌脱いだりして、結果的にそこに逃げてしまった。とにかく当時は、女を武器にしてでも勝ち組になりたかったんです」

 勝手に「一億総活躍社会」をぶち上げられ、キラキラ輝くことを強制させられた日本において、大木さんが感じたような勝ち組への強迫観念は、誰もが抱える病理となっているのかもしれない。