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「トバに謝ってください!」伊藤光、戸柱、嶺井…ベイスターズ捕手陣のプライド

文春野球コラム ペナントレース2021

2021/05/19
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「同じポジションを守る者としてトバの気持ちはすごくわかったので……」

 DeNAのキャッチャーといえばもうひとり、ブルペンの柱である石田健大が「なにを訊いても返ってくる。試してみると答えが出る“The Catcher”」と称する伊藤光の存在を忘れてはいけない。2018年のシーズン途中にオリックスから移籍をしてきて今年で4年目、正捕手としてマスクをかぶることもあったが、故障などもあり昨年から満足にグランドに立ててはいない。今季は3月18日の教育リーグで昨季痛めた左足ふくらはぎを再び肉離れし戦線離脱を余儀なくされたものの、昨日ようやく一軍登録され、戦線に戻ってきた。

 ここ数年は各人出番の増減はあるものの、伊藤、戸柱、嶺井の3人が中心となりチームの捕手陣は構成されている。お互いライバル関係ではあるがリスペクトしあう仲であり、自軍ピッチャーや相手チームの情報を積極的に交換しつつ切磋琢磨している。当然、誰しもがゲームには出場したい。しかし勝つためにベストな人間がメンバーに選ばれることは理解しており、そうなったときには互いに協力は惜しまない。

 そんな彼らの信頼関係とキャッチャーとしての誇りを垣間見たのが、冒頭の伊藤光の言葉である。

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 昨年の10月30日、横浜スタジアムで行われた阪神戦。10回表の阪神の攻撃、スコアは3‐3の同点で2アウト満塁の場面、バッターは代打の植田海であり、バッテリーは三嶋一輝と戸柱だった。

 一打出れば、阪神が勝ち越す場面であり、DeNAにとっては大ピンチ。ハマスタが緊張で支配されていたとき、三嶋の投じたボールがインサイドに入り、植田の手元で大きく跳ねた。主審はデッドボールを宣告したが、それに対し戸柱は立ち上がり当たっていないと意思表示をした。

 じつはこの日、巨人がリーグ優勝を果たすのだが、2位阪神と4位DeNAのゲーム差はわずか2であり、クライマックスシリーズはないものの、ともにAクラスを死守するためには重要な試合だった。

 阪神が1点勝ち越しになるところでDeNAはリクエスト要求。しかし審判に意見をした戸柱に対し、阪神のベンチから激しい野次が飛んでいた。戸柱は言い返すことなく、口を結んでじっと耐えていた。

 結果、ボールはグリップエンドに当たっており、判定はファール。阪神の勝ち越しはならなかった。

 そのときである、伊藤がベンチから飛び出て「トバに謝ってください!」と言ったのだ。

 あのときのことを伊藤は苦笑しながら振り返ってくれた。

「なんて言うんだろう。(打者の)植田君の気持ちもすごくわかりますし、向こうは最大のチャンスで、こっちは最大のピンチでした。互いの気持ちがものすごく高まっているところでデッドボールの判定が出たわけです。ただトバはバットに当たる音を一番近くで聞いていたと思うし、確信があったから審判に当たってないと言ったんだと思うんです。そこで阪神のベンチからいろいろ言われたわけですけど、こっちとしても最初は黙っているしかない。けど判定が翻ったわけですし、それでも多少言われていて、このままだとトバが嘘をついていたみたいになってしまうので、僕としてはまず謝ってもらいたいという気持ちから言葉が出てしまったんですよね。同じポジションを守る者としてトバの気持ちはすごくわかったので……」

 同じチームで戦っている以上、一蓮托生。ましてや同じポジション。己を貫き耐え忍ぶ戸柱を見かねた伊藤の義侠心から取った行動だった。

 現状においては苦労しているDeNAのキャッチャー陣であるが、伊藤が一軍復帰したことで新しい風が吹くことになるだろう。嶺井をはじめ第3捕手としてバックアップに努める髙城俊人、虎視眈々とチャンスを窺う期待の若手である山本祐大、そして不屈の魂で再び立ち上がらんとする戸柱。現代野球においてハードな役回りとなるキャッチャーはひとりで責務を背負うのはとても難しい。ゆえに気持ちを寄せ合い“一心”にすることが重要だ。ここは不条理も含めすべてを飲み込み、前を向くしかない。彼らならきっとやってくれるはずだ。

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