「美味しいお酒を飲んで明日も球場に来てください!」
自身初のサヨナラ安打を放ちお立ち台に上がった若鯉が、そのウィットに富んだ言葉で真っ赤な球場を大歓声と笑いに包んだのを今でも覚えている。あの日あの瞬間に彼のファンになった鯉党も多いだろう。新人アナウンサーだった僕もその一人だ。
元広島東洋カープ・天谷宗一郎。今回は彼について思うがままに筆を走らせてみる。
「さっきの芽ネギ持ち帰りで20貫買ってきてもらっていい?」
言わずもがな天谷さんといえば長年カープを支えたチーム躍進の立役者。1試合4盗塁やランニングホームラン、そして後世まで語り継がれるであろうホームランキャッチ。その全力かつ奇想天外なプレーで多くのファンを魅了したまさに記憶に残る選手だ。
2008年の新人アナウンサー時代からスポーツを担当することになった僕は、取材のため先輩アナウンサーと共に球場に通うことになった。とはいえ新人アナウンサーの仕事は何よりもまず選手に覚えてもらうこと。とにかく目の前を通った選手にガムシャラに挨拶をしていく。そんな中で毎回優しく声をかけてくれたのが天谷さんだった。それから僕が天谷さんと親しくなるのにそう時間はかからなかった。そしてある日ご飯に誘われた。
初めて食事の席をご一緒したときにまず驚いたのは天谷さんがお酒を1滴も飲まない、いや飲めないこと。食事のときは毎回決まってコーラだった。どんなに良いお肉でも惚れ惚れするような繊細な料理でもコーラと一緒に食べるのを見て少しだけ引いた記憶がある。
また一度頼んで気にいった料理は飽きるまで何度も食べるのが天谷スタイル。それは一緒にお寿司を食べていたとき。僕が頼んだ芽ネギに興味を示した天谷さんは、人生で初めて芽ネギを食べることになった。今まで経験したことのないその美味しさに少年のように目を輝かせていた。そしてお寿司屋さんを出て2軒目に移動しているときに天谷さんが突然言った。
「すまん! さっきの芽ネギ持ち帰りで20貫買ってきてもらっていい?」
僕はそのパンチラインに耳を疑ったが二つ返事でお寿司屋さんへと戻った。回らないお寿司屋さんに芽ネギだけを20貫買いに行く恥ずかしさはみなさんも容易に想像がつくだろう。天谷さんは食事も常に全力プレーだった。
天谷さんは至極素直な人だ。猛打賞に輝いた日は嬉しそうにご飯を食べるし、調子が悪いときのご飯は空元気になる。試合を観ていなくても天谷さんの食事のときのテンションでその日の成績がなんとなく理解出来た。僕の気のせいかもしれないが。
僕が天谷さんと食事をするときに留意したことが一つだけ。それは野球の話は決してしないこと。折角のお誘いなのに少しでも仕事を匂わせたくなかったのと、何より一緒にいて楽しい奴だと思われたかったからだ。
こうして僕は3年間のアナウンサー生活で何度も夜を共に過ごさせてもらい、通算で新車のセダンが買えるぐらいご馳走になった。