その秋、11月11日のシーズン最終戦を前に、髙橋は藤川さんに連絡を入れた。「僕のオカンと一緒に野球を見にきてくれますか?」。実は、髙橋が自分から家族を球場に招くのは、この試合が初めてだった。
「お母さんは、二軍戦は時々見に行っていたようです。でも、一軍となると、チケットも簡単には入手できませんから、なかなかお母さんも応援には行けなかったようです。(髙橋)大樹くんに頼んでも、見に来なくていいと言うでしょうからね」
照れ屋などという甘みのある言葉とはニュアンスが違う。「表現が不器用で、見に来て欲しいと言えないタイプなのでしょうね。そこも彼のいいところなんですけど」。
「あ、これ大樹が1年目のときに買ってくれたものなんですよ」
気がつけば、髙橋も26歳、野球選手としては中堅の域に差し掛かっていた。危機感は本人だけのものではなかった。
「(コロナ禍前の近年は)僕もシーズン中は一緒に外食しないようにしていました」。藤川さんの精一杯の応援だった。共に時間を過ごすときは、髙橋を自宅に招き食事を楽しんだ。「うちの妻の料理です。あんまり知識はありませんが、なんとか栄養のバランスだけはと意識して準備しました」。
ただ、髙橋は偏食である。根菜類は苦手だし、魚介類にも好き嫌いがある。「うちで手巻き寿司を用意しましたが、彼は、マグロしか食べないんですよ(笑)」。
互いに、自分なりの表現で応援し、感謝の気持ちを伝えた。言葉じゃない。心の通う関係だった。
2021年秋、髙橋にカープから戦力外が通告された。今シーズン、髙橋は一軍の舞台に立っていない。あのシーズン最終戦、髙橋はベンチ入りこそしていたものの、出場機会はなかった。それでも、藤川さんは「オカン」の笑顔を忘れない。
「いい時計ですね」
「あ、これ大樹が1年目のときに買ってくれたものなんですよ」
母の腕には、プロ野球選手になって間もない髙橋と一緒に品定めした時計が光っていた。
髙橋は現役続行を目指し、トライアウト受験の準備を進めている。家族も仲間も、安易な励ましの言葉など掛けはしないが、心から応援している。
あの時計は、時を刻み続けている。まだ止まってはいない。
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