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「だから僕は苦しいときほど笑うようにするんですよ」

 そしてこの世で一番、山﨑を支えてきたのが昨年他界した最愛の母であるベリアさんだ。女手ひとつでプロ野球選手を夢見る我が子を常に応援し、決して裕福ではない家庭だったが笑顔を絶やさず懸命に働き、立派に育て上げた。帝京高校時代、野球部を辞めそうになった山﨑を叱責するように説得し、さらに監督にも懇願したことで、野球を続けることができたというエピソードがある。山﨑は「お母さんがいなかったら僕はプロ野球選手になれていない」と常々言う。そしてベリアさんの話をしているとき、慈愛に満ちた一番いい表情を見せてくれるのだ。

「僕は小さいとき苦しいことから逃げてばかりだったんですけど、そのたびにお母さんに首根っこつかまれて『行ってこい!』って(笑)。よく言われていたのは『常に笑顔でいなさい』ということでした。だから僕は苦しいときほど笑うようにするんですよ」

 この数年、ベリアさんの容体は決して良くなかったと聞いている。振り返れば、山﨑は過去2シーズン不調に陥っていたが、そういった背景を鑑みれば理解のしようもある。けど、山﨑は決してそれを言い訳にしないだろうし、逆にもっと活躍している姿を見せたかったはずだ。とにかくハードラックのなか、懸命のピッチングをしていた日々だった。

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 また昨年、山﨑は国内FA権を行使せず、ベイスターズに残留を決めたが、その理由のひとつに「家族の意向」というのがあった。それを聞いたとき、よく山﨑が「うちのお母さん、ベイスターズが大好きなんですよ」と話してくれていたことを思い出した。

「味方がエラーしたときのランナーだけは絶対に返したくない」

 今季の山﨑は自己最多タイの37セーブを挙げ、防御率も1.33とキャリアハイをマークし完全復活をアピールした。その威風堂々とした姿を見て、若手の伊勢大夢は感嘆したという。

「厳しいポジションにも関わらず、ヤスさんは自分からブルペンを盛り上げてくれるんです。まわりに声を掛け、自分が打ち込まれるときがあっても変わらず接してくれました。普通だったら落ち込んでしまうと思うんですけど、その姿は本当にすごいなって」

 チームを牽引する存在は、決して背中を丸めてはいけない。筒香の教えにあったように、それは野手に対しても同様だ。攻めの姿勢という部分で山﨑がこんなことを話してくれたことがある。

「味方がエラーしたときのランナーだけは絶対に返したくないんですよ。逆にそういうときこそ力が出たりするんですよね」

 ふと思い出したのが9月20日の阪神戦(甲子園)だ。まだリーグ優勝の芽があった大事な試合、5対4でリードの9回裏に山﨑はマウンドに上がった。まずひとり目の梅野隆太郎をツーシームでライトフライに仕留めたと思ったが、セカンドの牧秀悟が深く追い過ぎ落球し、ノーアウト2塁となった。痛恨の表情を浮かべる牧。だが山﨑は顔色を変えることはなかった。同点のランナーを出すピンチだったが、ここからが圧巻だった。つづく植田海からスリーバント失敗を誘発し、さらに中野拓夢を投ゴロ、最後は糸原健人を3球三振で仕留めゲームセット。山﨑は今年一番ともいえる咆哮とド派手なガッツポーズを見せた。そして申し訳なさそうな表情でグータッチしにきた牧に対し、山﨑は破顔一笑して頭をくしゃくしゃとなでた。

 頼りがいのあるベイスターズの守護神。強い男は、どこまでも仲間思いで優しい。8月31日の中日戦(横浜)でのお立ち台では、難病である胸椎黄色靭帯骨化症を患った三嶋一輝へエールを送り、その姿はチームメイトやファンの心に深く刺さっている。

 そんな山﨑を育んだのはベイスターズであり、そして最高のブルペンだ。若い選手に向け、山﨑はこんなことを言ったことがある。

「このブルペンを経験できていることは若手にとって貴重だと思うし、間違いなく武器になると思います。全員が前を向き切磋琢磨できる環境は大事だし、これからもこのブルペンで競争をつづけていって欲しい」

 紅顔の青年だった山﨑も、もう30歳になる。冷静に考えれば、選手としてのピークはこの先決して長くはない。残留しかり、夢を追うのもしかり、どんな決断をするかはわからないが、どうなったとしても彼の判断を支持するしかない。大きなケガもせず最前線に立ちつづけた8年間。ベイスターズファン誰もが山﨑には感謝しているはずだ。

 あるとき「今はスタジアムでは声出しできない状況ですけど“ヤスアキジャンプ”の熱量は感じていますか?」と山﨑に訊いてみると、なにを言ってるんスかといった表情で返すのだ。

「当り前じゃないですか! 声なんかなくたってファンのみなさんの想いは十分伝わってきますよ。本当にありがたいことです」

 声が届かない場所に行っても、山﨑へ気持は届く。“ヤスアキジャンプ”よ永遠に――。

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