「石田健大が先発してる時の142、143kmくらいのストレートが一番好きです、僕の中で。ギャップがあるっていう意味で」

「ガンでみたら142、3とかそんな速くないなとみんなわかるじゃないですか。でも健大の場合回転数があるので、初速(ピッチャーからボールが放たれた直後の球速)が143でも終速(キャッチャーミットに収まる直前の球速)が141、2くらいあるんですよ。初速と終速で1、2kmしか変わらないピッチャーってめちゃくちゃいいピッチャーになる。ソフトバンクの和田毅さんみたいな。ああいうピッチャーに僕はすごく魅力を感じます」

 YouTubeのインタビューでそう語っていたのは、キャッチャーの伊藤光。

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テンポよく石田が投げ込んでいる日は、ハマスタが国立劇場の空気になる

「プロ2試合目の先発だったナゴヤドームかな。 8月6日の対中日ドラゴンズ戦(ナゴヤドーム)に8回1失点9奪三振という内容で、一軍初勝利。ベイスターズはその年、開幕前からローテの左投手とストッパーがいない状態でそこに新人のヤスアキと石田が出てきた。こいつは野村弘樹になると、試合後泣いたなあ」

「この日のピッチングみながら、こいつはこれから間違いなくエースになってベイスターズを支えていく。引退試合には絶対かけつけると誓ったことを覚えているよ」

 ベイスターズをよく知る友人は毎回毎回同じ話をする。

 春から大学生になる元野球部長男が、ちょっと伸びた髪をセットしながら言った。

「石田がいい時って、他のピッチャーがもっとよかったりして、本当はすごい活躍してるのに隠れちゃう。俺だったらなんか悔しいって思うな」

石田健大 ©時事通信社

 2015年、法政からやってきた左腕、石田健大。野村弘樹と同じ広島出身で、野村が犬の散歩をするルートに石田の生家があったというから、もはや石田のベイスターズ入団は必然だった。

 同期でドラフト1位の山﨑康晃が陽のイメージなら、ドラフト2位の石田はどちらかといえば控えめでおとなしい印象。しかしその物静かさの中には、石田独自の作法のようなものが漂っていた。帽子を被り直すのも、ロジンにそっと触れるのも、守備を終えて帰ってくる野手とのハイタッチまで所作には全く無駄と隙がない、日舞の名取のようなたおやかさ。テンポよく石田が投げ込んでいる日は、ハマスタが国立劇場の空気になる。登場曲は「君が笑えばこの世界中にもっともっと幸せが広がる」と歌っているのに、本人が破顔することはほとんどなく、その目はずっとクールで切長のまま。

2017年、初回2失点で降板という現実の重み

 ベイスターズの夢、優勝、そして日本一。2017年、その夢に思いがけず手が届きそうな一瞬があった。カープとのCSファイナルステージ、第1戦を任されたのは石田。緊張の登板を4回まで無安打に抑えていたのに、5回の裏に悪夢がやってきた。ツーアウトからの3失点。強くなる雨足が呼び込んだ、ナイトメアビフォー試合成立。あの日降雨コールドのコールを、石田はどんな気持ちで聞いていたのだろうか。

 しかしこの敗戦がブースターになったのか、ベイスターズはここから3連勝。迎えた第5戦にまた石田の出番がやってくる。私もあの日、晩秋のハマスタにいた。ストールを足にぐるぐる巻いてもまだ寒い。それでもパブリックビューイングに訪れる人はどんどん増えていく。マツダスタジアムで投げる石田に届けとばかりに、流れるAIの『ハピネス』。澄んだ空気に音が響いて、そこだけ妙にファンタジックだった。しかし初回に2点を失って、その後『ハピネス』が流れることはなかった。

 ベイスターズは惜しげもなく投手を注ぎ込み、19年ぶりの日本シリーズ進出が決定。ハマスタは歓喜に咽び、私も泣いてしまったけど、時々考えてしまう。あの一勝と引き換えに、失ったもののことを。初回2失点で降板という現実の重みを。大きく調子を崩していった2018年の石田を見ていたら、どうしてもそんな思いに囚われてしまう。あの日の自分の涙にまで罪深いものを感じながら。