「イメージは階段です。何事も一つ一つの積み重ねだと思っています。今後もこの考え方は変わらないですね」

 小笠原慎之介は噛みしめるように言った。今、野球人生は1年単位で、ペナントレースは1日単位で目標設定している。よって、彼に5年後の未来像を聞いても、シーズンで狙う最終的な数字を聞いても、特に返って来ない。

小笠原慎之介 ©文藝春秋

「あの経験があったから、疲れを取ることの大切さを学びました」

「きっかけは2年前です。年明けに『このままだとクビだ』と思いました。結果も出ていないし、怪我ばかりだし。だから、その年からは先を見ずに1日を悔いなく終わろうと決めたんです」と明かした。思えば、2021年の開幕前に目標を聞いた時、出てきた言葉は「毎日を笑顔で終わる」だった。

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 東海大相模で全国制覇し、ドラフト1位で中日に入団したものの、肘の手術あり、肩の内出血ありと、順調に階段を上ってきたとは言い難い。しかし、全ての苦悩は血肉になっている。

「5年前の開幕投手もそうです。あの年は僕だけが『やりたい、やりたい』とアピールして、実際に候補も(ディロン・)ジーくらいで、枠が空いていたんです。結局、森(繁和)さんにさせてもらった感じです。そんな経緯もあって、開幕後は全力で投げまくって、どんどん疲れがたまって、最後はパンク。若かったですね。でも、あの経験があったから、疲れを取ることの大切さを学びました」

 マッサージ、電気治療、ストレッチなど小笠原はあらゆる方法を試した。成績を見れば、クビを覚悟した年から2年連続で規定投球回をクリアし、去年は初の二桁勝利達成と順調だが、自分に合った疲れの抜き方は見つかっていなかった。しかし、今年1月、一人で乗り込んだアメリカ・マイアミのトレーニング施設で大きな収穫があった。

「トレーナーに全身をチェックしてもらって、ウィークポイントを徹底的に探してもらったんです。僕は肩甲骨下部の機能低下と肩甲骨上部の柔軟性不足が弱点でした。それを克服するトレーニングを毎日やった結果、たくさん投げるといつも張ってしまう首、肩、肘はほとんど張らず、お腹や背中という大きな筋肉が張るようになったんです」

 これまでの故障原因は首、肩、肘の張りだったが、その不安が払拭されたのだ。さらに沖縄キャンプ中に受けた塚本洋トレーナーのアドバイスが効いた。

「疲れを抜くために反対側の筋肉を張らせる方法があると。腹筋が張っていたら、背筋を、上腕二頭筋が張っていたら、三頭筋を張らせるんです。直後はめちゃくちゃしんどいですが、数日後には疲れがストンと抜けるんですよ」

 今、小笠原は登板した翌日にウエイトルームに3時間こもっている。

「投げた疲れを取るんじゃなくて、むしろ追い込みます。反対側の筋肉も張らせて、疲れをピークに持っていく。もうフラフラですよ。次の日は休みですが、何もできません。近所を散歩するくらい。でも、その次の日には疲れが取れています。以前は疲労が蓄積したまま次の登板を迎えていたんですが、今は一気にマックスに達して、スッと抜けています」