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北のサブマリン、日本ハム・鈴木健矢の原点を探して

文春野球コラム ペナントレース2023

長浦駅周辺に公園はひとつも見当たらない

 もちろん行ってみた。千葉駅まではJR総武線か京成線、そこから内房線に乗り換え、7つ目の駅が長浦だ。僕はサッカー取材で蘇我や五井駅を利用してたから多少、土地勘がある。いや、だけど実際には何もわかってなかった。僕は「長浦駅前の坂本公園」というインタビューの言葉にすっかり油断していたのだ。長浦駅を降りたら目の前に公園があって、そこで少年らが野球をしてるのだろうと思っていた。所番地もぜんぜん調べなかった。だって長浦駅前だろ。調べたって意味ないじゃん。

 それがひっかけ問題だった。長浦駅で下車して、土地の人に「坂本公園ってご存知ですか? 駅の近くらしいんです。少年野球のグラウンドなんですけど」と尋ねても、「さぁ……」と首をひねるばかり。それよりも何よりもスマホのマップを見てみると、長浦駅周辺に公園はひとつも見当たらない。まさか袖ケ浦市の広報がガセネタをつかませるわけないし、途方に暮れたのだ。そして、念のため「長浦駅前 坂本公園」で検索をかけてみた。

 ヒットした。驚くなかれ、長浦駅南口から「徒歩約22分」の地点に「長浦駅前坂本公園」という名称の公園が存在するのだ。長浦駅前には所在しない「長浦駅前坂本公園」。長浦駅から遠い「長浦駅前坂本公園」。これはやられたと思って、長浦という不思議のダンジョンをてくてく歩いていく。

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 また道が登り坂だった。これは5月だからよかったが、夏だったら逃げ場がコンビニが病院くらいしかないから暑さにやられるだろう。ビバホームを過ぎて、しまむらを過ぎて、袖ケ浦さつき台病院を過ぎると「長浦駅前交差点」がようやく現れる。僕の足ではそこまで25分、だいぶよれよれだ。何でそんな駅から遠いところに「長浦駅前交差点」をつくるのだろう。歩いてきた通りが「長浦駅前通り」だからか。何だか笑えてきた。何事も実際に現場を踏んでみないとわからないな。交差点を左に折れて、平成通りを少し行き、郵便局の角を曲がる。ついに見えてきた。「長浦駅前坂本公園」だ。感動だ。ここに鈴木健矢はいたんだなー。

小さな少年野球場。ここが鈴木健矢の始まりの場所 ©えのきどいちろう

 公園の階段を下りると、少年野球場が広がっていた。誰もいない。シーンと静まり返っている。僕はクローバーの植えられた外野を進み、土のグラウンドを進み、小さなマウンドの横に立ち、ホームの右打席に立ち、3塁側のベンチに腰かけ、物思いにふけった。お兄ちゃんにくっついてこのマウンドにたどり着いた、やんちゃ盛りの弟。うまく行く日も行かない日もあったろうけど、元気いっぱい、目を輝かせて「プロ野球選手になりたい」と夢を語った野球少年。その始まりの場所。この小さなグラウンドが鈴木健矢を生んだ。

 ベンチに腰かけて、ちょっと「フィールド・オブ・ドリームス」みたいな気分だった。そして猛烈に野球が見たくなった。読者の皆さん、鈴木健矢を応援しよう。そして、熱心なファンなら「長浦駅前坂本公園」で、ちょっと泣きそうになりながら物思いにふけろう。但し、その名前はひっかけ問題だ。長い登り坂をふうふう言って歩こう。

原点のマウンド。うまく行く日も行かない日もあったろう ©えのきどいちろう

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