新井貴浩が新監督に就任して迎えた今シーズン。燃える赤ヘル、僕らのカープは、交流戦に突入した昨日の試合終了時点で24勝23敗の3位。独走する阪神を追い越せるような状況でこそないものの、貯金1ながら勝ち越しており、開幕前に多くの評論家から最下位予想をされていたこと、さらにコーチ経験の無い新監督が率いるチームであることを考えると、なんとか踏ん張れている方ではないだろうか。

 新井がどんな野球をするのか。どんな采配をするのか。開幕から約2ヶ月が経過し、なんとなく見えてきた部分、まだ見えない部分もある。だが、一貫して言えるのは新井の明るさ。そして「とにかく選手を守る」、あるいは「とにかく前向きな発言をする」という姿勢だ。野手がホームランやタイムリーを打てば、投手がピンチをしのげば、感情をあらわにしてガッツポーズをしたり絶叫したり。サヨナラ勝ちでもしようものなら、グランドに飛び出して顔を真っ赤にしながら大喜びする。その姿は監督というよりはチームメイト、あるいは我々と同じ熱狂的カープファンのよう。ようするに新井はぜんぜん監督らしくないのだが、なかなかどうして憎めない。いや、なんとも愛らしい男だと私は思う。

新井貴浩監督 ©時事通信社

 これはいまに始まったことではなく、現役時代も同じ。野球中継が始まった瞬間が新井の打席で、中継のオープニングロゴが新井の顔だけをドンピシャで隠していたり、サヨナラ打を放ってセカンドベース上で片膝をついて拳を振り上げる姿が妙に滑稽だったり、たまたま中継で抜かれた(映された)時に限って変な顔をしていたり、逆に「どうした?」というくらいのキメ顔をしていたり。みなさんもご存知のとおり、新井はことごとく面白く、やたらと笑えて、当時のSNS上では新井の写真をコラージュしたものが多く投稿されたりしていた。

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「僕はゲンになりたいんです」

 ここで少し話を変えてみる。ご存知の方も多いと思うが、新井はマンガ「はだしのゲン」の熱狂的なファンである。筆者である私も新井と同じく広島出身で、小学校の図書館には「はだしのゲン」の単行本が置かれていた。広島以外の地域でも平和教育の一環として図書館(学級文庫)に置いてあったりするので、実際に読んだことがあるという人も多いだろう。

「はだしのゲン」を読んでまず思うのは原爆と戦争の悲惨さ。原爆によってすべてを失った広島の姿、理不尽な環境や胸が痛むような差別、なにより戦争への怒りが描かれている。もちろん私もそれを子ども心に感じたし、たくさんのことを学んだ。しかし、新井の解釈は少し違った。2013年に発行された「『はだしのゲン』創作の真実」(大村克巳著/中央公論新社)には、原作者である故・中沢啓治さんの妻、中沢ミサヨさんの言葉が記されている。

「あの人(新井)は小学生の頃、放課後遅くまで残ってマンガを読んでいたそうなんですよ。それで担任の先生が『新井、何を読んでいるんだ?』って聞いたら『はい! はだしのゲンです』って答えたんですって。それで先生が『そんなにそのマンガが好きなのか?』って聞かれて『ゲンを読むと元気が出るんです!』って夢中になって読んでいたみたいです。それで新井選手は今でも苦しい時にはゲンを読んで、元気を取り戻すそうです」

「はだしのゲン」=戦争マンガという印象が強いが、新井は、原爆や戦争の悲惨さも理解しつつ、それ以上に、そういう環境の中で力強く生きる主人公のゲンの明るさ、元気さに強く惹かれていたのだ。2011年、闘病中だった中沢啓治さんのところに小学校時代の担任の先生が新井を連れてお見舞いに行ったことがあるのだが、新井は中沢啓治さんに対し「僕はゲンになりたいんです」と言ったそうだ。その時、小学校のころに読んでいた「はだしのゲン」の単行本を中沢啓治さんに渡すと、単行本には真っ黒な手あかが付いていた。なんと、そのほとんどが新井の手あかだというのだ。大のカープファンとしても知られる中沢啓治さんは単行本を撫でながら「マンガ家冥利(みょうり)に尽きるね」と喜んだ。そこで新井はサイン入りのバットをプレゼントし、新井は「麦のように生きろ」というメッセージが書かれた色紙をもらい、自宅に大切に飾っているという。