【アーカイブ発掘】あの日のガザ

日本再生 第41回

立花 隆 ジャーナリスト

電子版ORIGINAL

ニュース 国際 歴史

パレスチナ自治区ガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスが、イスラエルへの攻撃を開始した。イスラエル側も応酬し、双方に死者が出ている。

繰り返される報復を、ジャーナリストの立花隆氏はどう見ていたのか。立花氏がガザに滞在した経験をもとに寄稿した「あの日のガザ」を、「文藝春秋 電子版」のアーカイブから紹介する。(初出:2014年9月号)

 パレスチナのガザで、とめどない報復合戦が続いている。はじめ、パレスチナ自治区でイスラエル人少年の誘拐殺害事件が起り、次にその報復としてパレスチナ人少年の誘拐殺害事件が起きた。その後は、パレスチナ自治区のガザを実効支配するハマスによる報復とその報復に対するイスラエル軍の報復という形でエスカレートし、あっという間に死者が五百人を超える本格的な戦争状態になった。この泥沼のような戦争状態がいつどのように収束するのか全く見当がつかない。

 もう四十年以上前になるが、私はあのガザに、三、四日ほど滞在したことがある。一九七二年、第三次中東戦争の五年後で、ガザがイスラエルの占領下にあったときだ。きっかけはイスラエル政府招待のジャーナリスト視察旅行だった。一週間ほどかけて、連日のレクチャーを受け、イスラエル全土をかけ足で視察してまわった。終了後、この国はもう少し見てまわるべきだと思って、それから一カ月以上私費で滞在を延ばした。まずイスラエル社会の基盤を成している独特の社会主義的共同体キブツに関心があったので、そこに数週間入りこんだ。エルサレムにも二、三週間いてその歴史的宗教的ポイントを徹底的に見てまわった。キリスト教に興味があったので、聖書に関連がある史蹟を片端から見てまわった。そのような私的取材旅行で最後におもむいたのが、ガザだった。イスラエルで何かというと新聞ダネになるようなゲリラがらみの事件が起るのがいつもガザだったからだ。

 はじめのうちは政府広報部からしかるべき紹介を受けてあちこち見学したり人に会ったりしていたが、しばらくしてイスラエル社会に慣れると、自分で自由に歩きまわった。ガザに行ったときもそうだった。バスに乗ってフラリと行った。日本では長いこと週刊誌の記者をしていたので、何ごとによらず、とりあえず現地に行けば何とかなるものだと思っていた。中近東はバス交通網が発達しているから、どこに行くのでも、中心都市のバスステーションに行けば、必ずバスの便を見つけることができる。ガザ―エルサレムは百キロ近くあるから数時間かかったはずだ。はじめは沢山の乗客がいたが、ガザが近づくにつれて客はどんどん減り、ガザの町に入る頃には(ガザはエジプトとの国境地帯だ)、客は四、五人に減っていた。そのしばらく前から、客の一人の学生風の若いアリと名乗る青年が英語で話しかけてきた(流暢ではないが充分意思の疎通ができた)ので、道中ずっと話を続けた。何をしているのかと問われて、ジャーナリストだというと、喜んでいろんな話をしてくれた。話がとまらなくなり、着く頃にはすっかり仲良くなっていた。町の入口には巨大なイスラエル軍の基地がドンとあり、いかにも占領下の町だった。

 泊るところがあるのかと問われて、ないというと、連れていってくれたのが、ガザの町に唯一ある古いちゃんとした洋風ホテル(イギリスの委任統治領時代からの伝統的ホテル)だった。ガザは、かつてはエジプトの町だった。六日間戦争(第三次中東戦争)で、イスラエルの手にわたったが、旧市街には大英帝国植民地の趣があった。ちゃんとした英国風英語をしゃべる品のよい老婦人が支配人をしていて、客はたしか四人しかいなかった。三人は国連の職員、もう一人は医者だった。ガザには広大な難民キャンプがあって、国連の難民救済事業機関(UNRWA)が管理していた。夕食を終えた頃、アリが迎えにきて、町をあれこれ案内してくれた。海岸に出ると、戦火の跡の古い港の残骸があった。人影はパラパラとしかなく、電灯がともる電柱もほとんどなかった。仕方なく、港のコンクリートの残骸に腰をおろして、昔のガザがどれほど素晴らしい町だったかを語るアリの言葉に耳を傾けるしかなかった。統計で見ると、その頃のガザは四十万都市である。その人口の大部分は難民キャンプの住人で、港を含む旧市街にはほとんど人がいなかった。

 翌日、翌々日と、アリが迎えにきて、今日は何をしたいかとたずね、希望を聞いては、あちこちひっぱりまわしてくれた。

 ガザといえば最も有名なエピソードの一つは、そこが「サムソンとデリラ」の舞台だったことだ。そのころの遺跡が何かあるかと聞いたら、何もないということだった。

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source : 文藝春秋 2014年9月号

genre : ニュース 国際 歴史