イタリアの生地と父の教え

芦田 多恵 ファッションデザイナー
ライフ 国際 SDGs ファッション

 いま、どの分野でもサステナビリティへの取り組みが盛んですが、エコという観点から見るとファッションはなかなか厳しい産業です。生産から販売、在庫の廃棄まで工程が長く、環境に関わることが多い。日本の企業もようやく本腰を入れたものの、すべてを解決できてはいません。

 仕事柄よく訪れるヨーロッパでは、何年も前から国を挙げて持続可能なファッションに挑んでいます。業界を牽引するフランスやイタリアでは衣類の廃棄や再利用などについて、法に則って推し進めようとするほど、エコマインドはヨーロッパ中に広がっています。

芦田多恵氏(本人提供)

 たとえばフィレンツェで開催される世界最大規模の糸の見本市「ピッティ・フィラーティ」でのこと。流行を左右する展示場には最高級の糸やニットがずらりと並び、世界中のバイヤーが参加します。コロナ前に招かれて訪れたのですが、テーマがまさにサステナビリティでした。

 そのとき、あるブースで「興味があるのはリサイクル・カシミヤですか? 普通のカシミヤですか?」とまず、たずねられたのです。リサイクルのカシミヤ? 最初は意味がわかりませんでした。その頃、リサイクルと聞くと品質の低いものを想像しがちでしたが、展示されていた物はまったく違う。会場にはほかにもウールなどリサイクルされた素材があり、いずれも極上のものばかり。どのように作られているのか不思議でなりませんでした。

 この疑問に答えてくれたのが、1943年創業の老舗ファブリックメーカー、マンテコ社です。第二次世界大戦中に食料難から餌が無くなって羊が大量死し、生地が作れなくなったため、着古した軍服や毛布を買い取って新しいウールを作り出しました。この技術がリサイクル・ウールの土台となったのです。

美しい素材が並ぶ会場(Pitti Filati HPより)

 現在はハイブランドをはじめ世界中から届く衣類などの在庫が、トスカーナの工場に所狭しと山積みされています。回収された洋服は、工場に勤務する地元のかたが手作業で赤やオレンジなど色分けし、ボタンや裏地なども外してリサイクルできる部分だけを抽出します。それらを機械にかけて綿(わた)にし、色をブレンドしながら糸に紡ぎます。さらに、糸を織って布に仕上げる。完成品は販売するか、再びメゾンに戻します。

 この魔法のようなプロセスを見学したとき、ただただ驚くばかりでした。当時はそこまで理解しておらず、マンテコ社はとにかく手触りが良く素晴らしい生地を作る企業としてお付き合いしていたからです。手作業が多いだけに、人件費が多くかかります。高価格になるのは必然です。しかし、マンテコ社はそれを逆手に取るかのように、唯一無二の一流品を作り上げています。誇りをもって自信作を提供する――。その姿勢と品質に惚れ込み、いまやハイブランドがこぞってマンテコ社を指名します。

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source : 文藝春秋 2025年4月号

genre : ライフ 国際 SDGs ファッション