アベノミクス、一億総活躍、資産所得倍増など、この十数年、さまざまな経済対策が講じられたが、長期で見れば、人材の育成こそ最も有効ではないか。AI、半導体から建築、金融まで、「ものづくり大国」再興のために必要な教育とは──
私がセンター長を務める「BeCAT」は、母校でもある九州大学で2021年に発足した建築研究・教育センターで、エンジニアリングとデザインを融合させた教育を行っています。九州大学の学生や大学院生はもちろん、学外にも門戸を開き、九州の他の大学の学生や留学生も参加しています。
BeCATの設立には、環境問題や急速なテクノロジーの進歩といった、建築や都市づくりをとりまく現代社会の「変化」が背景にありました。元々、大学は教授が持っている知識を学生たちに伝授する場です。ところが現代は、環境や技術などあらゆる面で社会の変化が激しく、従来の建築教育だけでは対応できなくなっています。
例えば、私が学生に「図書館建築」について教えても、学生たちが社会に出て実際に図書館を建てる頃には、周囲の環境や建設技術、図書館の役割や用途に至るまで、あらゆることが変わっている。残念ながら、私が教えた知識はほとんど活かすことができないでしょう。
これからの時代を担う建築家は、図書館建築とは何か、という固定の知識だけではなく、図書館が今現在どう変化し、これからどう変わっていくのかを観察して、設計に反映できるスキルを持たなくてはいけません。にもかかわらず、いまだに多くの大学の建築学科が、一級建築士になるための知識や設計スキルの教育に偏っている。BeCATは、こうした危機感から出発しました。
なかでもBeCATが大きなテーマとして掲げているのが「環境」です。ここで言う環境には、地球環境から住環境まで様々な環境がありますが、とりわけ地球環境は、ここ数年の変化が大きく、次世代の建築家にとって無視することができないテーマです。というのも、建設業は地球環境に大きな影響を与えている産業の一つとされ、建物を建てる際の基準は世界中で年々厳しくなっているからです。特にアメリカの一部の地域では、建築物を新しく建てること自体が環境に悪いとも言われ始めています。デザインの美しさだけではなく、建設時のCO2排出量を減らし、短いスパンで取り壊さなくてもいいような、快適で長く愛される建物をつくることが求められる時代なのです。
BeCATでは、こうした課題を解決するカギが環境シミュレーションのソフトウェア活用にあると考えています。かつては高額で、操作も複雑だったためプロのエンジニアにお願いする必要があった環境シミュレーションですが、現在では安価なソフトウェアも多く、学生でも活用できるほど性能が上がっています。ソフトウェアを使いこなすことができれば、省エネ効果を数値で示したり、断熱効率や風通しの良さを数値化するなど、科学的根拠に基づいた設計ができるようになる。社会に出る前にこうしたスキルを身につけることで、将来、どのような環境変化にも対応できる建築家を育成することを目指しています。
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