私たちは何のために料理をするのだろう。そんな疑問を心の片隅に抱えつつ、近頃の私は「スープ旅」と称して、日本の各地へ汁物を訪ね歩く旅をしている。青森・南部地方にはせんべい食の文化があった。小麦粉と塩を練って平たく焼いたせんべいを入れた、せんべい汁が有名だ。やませの吹きおろすこの地域は稲作に不向きで、せんべいは冷害による飢饉を乗り越えるために生み出されたのがはじまりと聞いた。
せんべい汁だけではない。岩手のまめぶ、石川のめった汁、群馬のおっきりこみ、山梨のほうとう、宮崎の冷や汁、大分の黄飯(おうはん)。どの地域にも、その土地でとれる野菜と何かしらの穀類を大鍋で煮て、味噌や醤油で味をつけたような汁物がある。決して華やかなごちそうではないけれど、合理的な食べ方であり、どの汁のまわりにも人の暮らしが見えていた。

この春『スープが作れたら、自炊は半分できたようなもの』というタイトルの本を出版した。この本で紹介したスープは、私が旅で出会ってきた郷土汁とは全く違う今どきのレシピに見える。だが私たちの暮らしの中にあるスープという意味では同じ心を持つものだ。
具沢山の味噌汁にはじまり、カレー味のスープ、中華のあんかけ風スープ、パンに合うスープ、豚汁、大きな具のポトフ。忙しくて栄養が不足しがちな人でもすぐ作れるレンジのスープや、買い置き食材で作れるスープのレシピも。現代の私たちの舌と生活習慣に合わせ、くり返し作ってもらえそうなレシピを集めた。
もともとスープは失敗しにくい料理で、自炊初心者に向いている。肉や魚(缶詰でもOK)、ありものの野菜。だしなどは具材から出るし、味を見て足りなければ簡易な市販のだしを使えばいい。具がごろごろ入ったおかずスープが1皿あって、あとはごはんかパンを添えれば、あるいはそれもスープの中に入れてしまえば、それで十分に1食をまかなえる。自炊で余りがちな野菜を入れてもいいし、一度にたくさん作れば食べ回しもきく。
まる一日働いたあとの食事には、疲れた体を癒やし、明日への活力を取り戻すという役割が求められる。胃腸に過剰な負担をかけずに栄養がとれるスープはその意味でも家庭料理の基盤になるような料理だ。忙しさの中、作る気力がなく弁当やお惣菜を買って帰る日もあるだろう。そんなときも軽いスープを1皿添えるだけで満足度は上がり、食卓は安定する。
私が家庭でスープを作りはじめて14年、スープ作家として活動をはじめて9年。ふり返ると、私が言い続けてきたのは「材料を水で煮て塩か味噌で味さえつければ、なんとか食べられる」ということに尽きる。いまやネットを見ればどんな食情報でも載っているが初心者には多すぎて選べない。大海の前に立ちすくみ、その広さ深さにおののく人たちに、とりあえず水に浮く方法がわかればいいと思った。あとは暮らしの中でなんとか泳いでいってもらうしかない。
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