オープンダイアローグという静かなる革命

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 2025年6月、犯罪者の刑罰から明治以来の「懲役刑」と「禁錮刑」がなくなり、新たに「拘禁刑」という刑が導入される。これは受刑者の更生と社会復帰を目指すための見直しであり、刑務所のあり方も大きな転換期を迎えつつある。

 実はこれに先立ち、すでに刑務所では全く新しい対話実践の試みがはじまっている。2023年9月14日に大臣訓令が改正され、全国の刑務所で同年10月1日から「オープンダイアローグ(開かれた対話)」の手法を用いた対話実践が始まることになったのである。この導入の背景には、2021年11月から名古屋刑務所で起きた刑務官による受刑者暴行事件もあったとされている。

 この事実は、あまり大きく報道はされなかったが、私にとっては、ほとんど「革命」にもひとしい変化だった。何を隠そう、私は50代にして「オープンダイアローグ」に人生を変えられた人間である。2013年に「オープンダイアローグ」という映画に出会い、精神科医として感銘という以上に「衝撃」を受け、関連文献を読みあさって入門書を出版し、オープンダイアローグを啓発するためのネットワーク(ODNJP)作りに参画した。多くの講演会で啓発活動につとめ、臨床現場で効果を実証し、ついには筑波大学の教授職を早期退職して、つくば市に自身のクリニック「つくばダイアローグハウス」を開業してしまった。まさにこの10年間は、ジェットコースターのような日々だった。

斎藤環著・訳『オープンダイアローグとは何か』医学書院

 それでは、そもそも「オープンダイアローグ」とはなんだろうか。

 それは、フィンランドで1980年代に開発された、精神病急性期に対するアプローチだ。オープンダイアローグが導入されたトルニオ市では、ほとんど入院治療や薬物治療を行うことなく精神病が回復に向かい、発症率そのものが低下したとされる。

 いったいどんな高度なテクニックかと思われるだろうが、やっていることはしごく素朴な「対話」である。精神病を発症したとの連絡を受けたら、ただちに専門家のチームが招集され、患者の自宅を訪問する。患者本人と家族、そのほかの関係者がチームのメンバーと車座になって座り、1〜2時間の「開かれた対話」を行う。この対話を繰り返すと、およそ2週間程度で、患者は回復に向かうことが多い。

 最初この話を聞いたとき、私は信じられなかった。現代における精神病の治療の中心は、言うまでもなく薬物療法である。薬を一切使わずに精神病が回復するはずがない。この怪しい代替医療の正体を見きわめてやろうと、さっそく現地に乗り込んだ。そして、本当に回復が起きていることをこの目で確認した。従来の治療手段に馴染んだ私にとって、それはほとんど「奇蹟」だった。ただし神秘的な要素がまるでない、どこまでも透明な奇蹟だ。

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source : 文藝春秋 2025年5月号

genre : ニュース 社会 医療