パリス・ヒルトン著 村井理子訳「PARIS The Memoir」

綿矢 りさ 作家
エンタメ 読書 ライフスタイル

矯正施設で芽生えたハングリー精神

 思えばパリスは昔から正体不明な女性だった。クリスタルのきらめくセクシーなドレスを着て、奇妙に喜怒哀楽の無い美しい顔で、何を見ても「ザッツ・ホーット」とかなり低い声で言うばかり。心からテンションの上がってる笑顔を見られるのは、夜のクラブのパーティーで踊ってるときだけだった。私は彼女のファンだったが、彼女が何を考えてるかよく分からなかった。ただ、承認欲求の化け物みたいに言われていた割には、隠しきれない気品が漂ってたので、これがヒルトン家の血なのかなと思っていた。苦労を知らない生い立ちだから、おっとりしていて、上品に見えると。まさか私たちのイメージのなかの奔放な金持ち女パリス・ヒルトンが出来上がる前に、彼女が矯正施設で地獄のような生活を送っていたなんて。

パリス・ヒルトン著 村井理子訳『PARIS The Memoir』(太田出版)2970円(税込)

 当時ティーンのパリスは、素行が悪すぎて両親に強制的に矯正施設に送られた。そこでは職員による子どもたちへの精神的、身体的な虐待が常態化していた。この職員の虐待というのが、洗脳(ブレインウオッシュ)のやり方そのもので、山奥に閉じ込めた子どもたちに、なんてことをするんだと、読んでいて背筋が寒くなった。だけどここであきらめないのがパリス。施設から何度も脱走を試みる。厳重な監視下に置かれていた実家の豪邸からも、何度も脱走して深夜のクラブに出かけていた彼女は、脱走が大得意だったのだ。脱走シーンは、途中スティーブン・キングの小説を読んでるのかと思うくらい、スリルと恐怖があった。なんならパリスは「ショーシャンクの空に」の主人公よりバラエティ豊かに脱走してた。トイレの小さい窓から抜け出て、施設の敷地を飛び出し、パリスは森を、山道を走る、走る。そして電話のある場所までたどり着き、叔母に連絡してやっと安心……と思ったら――。

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source : 文藝春秋 2025年5月号

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