「ゆっくりと」豊かになることを説く爽快な指南書
えげつないタイトルだが、もともとの副題は A Simple Formula for Financial Security。大富豪になって豪奢な生活をしようという話ではない。議論の対象は経済的な自立と安定の獲得にある。
労働より資本を優遇し、喜びや苦しみを不公平に分配する――資本主義の宿痾だ。チャーチルの民主主義評価と同じく、「資本主義は最悪のシステムだ。ただし他のシステムより多少はマシ」――本書はとりあえず資本主義を受け入れ、その中で成功するための最善策を提供する。
著者の哲学を一言で言えば「ゆっくりと」。一発大当たり狙いは成功しない。リスクが高いだけでなく、強烈なストレスがかかる。楽しくもない。本書が提示する富の方程式は次の通り。富=フォーカス+(ストイシズム×時間×分散投資)。まずは仕事に集中して収入を高める。無駄遣いをしない節度ある生活を送る。複利が効く長期的な投資戦略を採用する。分散投資でリスクを減らす。

自制こそが最も大切だと著者は言う。現代人が最も試されているものだからだ。幸福の鍵は人生に何を期待するかにある。スマートフォンを手にするたびに、SNSやネットニュースは擬似的な富を見せびらかす。自分が手に入れたものではなく、まだ手に入れてないものばかりを見るように仕向けられる。SNSは人類史上最大の富の破壊者であり、「富のポルノ」に等しい。「お金はあくまでもペンのインクであり、あなたの人生の物語そのものではない」「その物語をどう描くかは、あなた次第」――まったくその通りだ。
経済的自立とは自分の人生をコントロールすること。そのために大切なのは、十分な収入でなく十分な資産。著者は経済的自立を「受動的所得(労働の対価以外の収入)>消費支出」と定義する。その手段として大切なのは時間を味方につけること。すなわち複利の力を活かす。時間は長期的には味方になり短期的には敵になる。未来の自分を幸せにするためには今の喜びを我慢しなければならない。これもまたストイシズムだ。
投資には非対称性がある。ゼロになってしまえばもう挽回できない。どれか一つに全資産を集中投資していると、賭けに失敗した時に壊滅的な打撃を被ってしまう。したがって、分散投資が基本となる。もちろん分散投資はアップサイドの足かせになる。しかし、そもそもアップサイドを最大化する必要はない。投資の目標は世界一の金持ちになることではない。豊かになればなるほどさらに贅沢な生活を求めようとする。いたちごっこのように終わりがない。経済的自立が達成できればそれでいい。
著者の議論はごくオーソドックスだが、説明が抜群にうまい。論理が明確で、説得力がある。爽快と言ってもよい。よくある「マネー本」に辟易している諸賢にもお勧めの一冊だ。
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