人間さえいなければ……?
2年半ほど前、福島第一原発事故後の立ち入り制限区域のそばを案内していただいた。避難指示が解除される直前の双葉町では倒壊した家屋がそのまま残り、高速道路から眺める鬱蒼とした森に圧倒された。ナショナル・ジオグラフィック誌の「A decade after disaster, wildlife abounds in Fukushima」が活写したように、原発の周囲は人間が入ることができないがゆえに豊かな自然の地となっている。
人間が破壊し尽くした環境はどのような姿だろうか。本書の著者のカル・フリンは、このような黙示録的な問いを立て、世界中の12箇所の地を自ら足で歩いて探索した。廃墟や荒涼とした自然の美しい写真とともに編まれたルポルタージュである本書では、自然と科学と社会の交差点で、人間によって破壊され捨て置かれた環境が逆に人間を照らし出す。

チェルノブイリ、第一次世界大戦の化学兵器によって汚染されたままのヴェルダンの要塞、石油採掘跡の巨大なボタ山、これらの環境は人間のみならず、生物が存在しえない非場所なのではないだろうかと思い読み始めると、そうではなかった。むしろ人間が接近できなくなったことで、豊かな自然が回復することもある。ときにはなにもないところからだんだんと植物と動物が集まり、変化して森林になっていく姿までも観察できる。
旧ソ連の捨てられた農地が広範に森林化するケースのように二酸化炭素削減に貢献することすらある。不況で荒廃したデトロイト郊外のように廃墟のなかに世捨て人たちの奇妙な共同体がうまれる場所もある。
とはいえアーサー・キルの海岸ではPCBやダイオキシン汚染によって過酷な環境が拡がる。浜には「危険! (カニを)捕まえたり食べたりしないでください。がんを引き起こす可能性があります」と各国語で書かれた看板が立つ。しかしそのような環境ですら、有毒物質に適応した生物にとっては天国となるのだ。人間さえいなければ自然は復活する。この逆説をどのように考えたら良いだろうか。

最後に著者は大量の生物の死骸がさらなる悪循環で有毒な環境を作り出すソルトン湖を訪れる。荒涼とした火星のような風景だ。地球温暖化の果てに熱暴走をする未来を暗示する黙示録で、本書は閉じられる。読者は、人間がもたらした取り返しがつかない害悪と、人間を超える自然の力、そして何よりも風景の静けさを同時に感じることになるのだ。
「『今』と『未来』を見通す科学本」は村上靖彦、橳島次郎、松田素子、佐倉統の4氏が交代で執筆します。
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